五年後
 栞が買い物のために外出していると、偶然名雪と出会った。
「あ、こんにちは」
「こんにちは、栞ちゃん」
 名雪は、既に結婚していて、今腕には一人の女の子を抱いていた。
 名雪に似て、とても優しそうな表情をしている。
「これからお買い物?」
「ええ、そうです」
 ちなみに、名雪の腕には買い物袋がぶら下がっている。
「それじゃ、また今度です」
「うん、またね」
「はい」
 そして、二人は別れた。


 季節が5回も回り、風景は徐々に変化していた。
 商店街の店も、いくつか面変わりしたし、駅前にも大きなビルが建ち始めている。
 高校にも知り合いは誰もいなくなったし、先生も祐一の知らない人が増えた。
 しかし、一日たりとも祐一を忘れる事は無かった。
 『また、今度な』という、祐一の言葉を信じたかったから。
 なんとなく、栞もそれが本当になるような気がして、未だに他の男の人とは付きあった事はない。
 絶対に、祐一を信じたかったから…


 名雪と別れ、10分程歩いたところで、栞は商店街に到着した。
「あっ、栞ちゃん!」
 背後から、久しぶりに聞く声が聞こえた。
「…あゆさん?」
 振り向くと、5年前と、全く変わってないあゆが立っていた。
 もう暖かくなってきたのに、ダッフルコートにミトンの手袋。
 顔も背格好も、全く変わってなかった。
「ほんとに会えたよ! すごいよ!」
 あゆは、意味不明な事を叫びながら栞に近寄った。
「お久しぶりです」
「そうだね…もう五年経つね」
 儚げに微笑むあゆ。
「それでね、今日は栞ちゃんに、ちょっとしたプレゼントをあげようと思うんだよ」
「プレゼント?」
「そう、天使様からのプレゼントだよ」
「天使様?」
 栞には、あゆの言っている意味が全く分からない。
「あっ! もう時間だよ! それじゃ、また今度、逢えたらもっと話しようね!」
 つけてもいない腕時計を見るようなジェスチャーをして、一方的に言いながら、あゆは去って行った。
「あ! あゆさん、プレゼントは…?」
 もう既に、全く聞こえていないだろう。あゆは振りかえることなく、どこかへ行ってしまった。
 プラスチックでできた、白い羽を揺らしながら。
「…また、今度です…」
 栞は、ぽつりとつぶやいた。


 それからスーパーで買い物をし、家に帰ろうと思った時、前方から男の子が走ってきた。
 その男の子の瞳は、悪戯心と、優しさをいっぱいに詰め込んでいた。
「えっ…?」
 栞には、その子の瞳に見覚えがあった。
「あ、ボク。ちょっと待って」
 目の前に来た時に呼びとめる。
「な、なに!」
 見た目は四歳位だろうか。それにしては、かなりの警戒心だった。
「ちょっと、名前を教えて欲しいんだけど…」
 膝を曲げて、目線を合わせて話をする。
「しってどうするの?」
「どうもしないよ。ただ、どうしても聞きたいの」
「…なら、おねえちゃんからさき!」
「うん、いいよ。私は、美坂栞」
 男の子は、栞の答えを聞いて、しぶしぶと言った感じで口を開いた。
「…あいざわゆういち」
「やっぱり…」
 栞は、そのまま男の子に抱きついた。
「な…! …え…しおり…?」
 男の子は、動揺すると同時に、何かを思い出すような仕草をした。
「そう。美坂栞よ」
「…しおり…しおり…」
 上言のように、つぶやく男の子。
「私です。栞ですよ、祐一さん」
「しおり…みさか、しおり…」
 その瞬間、男の子の目がふっと変わった。
「…た…だいま、栞」
「おかえいなさい、祐一さん」
 栞は、さらに腕に力を込めて抱きしめた。
「やっと、一緒にアイスが食えるな」
「はい…そうですね…」
 街には暖かい風が吹き始めていた。
 まるで五年分の時を流してしまう様に…ゆっくりと、優しく。


 その後、栞があゆを見かける事はなかった。
 でも、栞は分かっている。
(私がこうやって生きているのも、祐一さんが戻って来たのも、あゆさんのおかげなんですよね?)
 いつも、人が真剣に願えば、奇跡はそれに応えてくれる。
 それがさも、当たり前かのように…






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