ある日突然、祐一さんはこう言った。

「俺、ちょっと遠くの大学受けるんだ」









隔てた地の、同じ空の下









みーん、みーん、みーーーーん……。

 夏だった。
 アイスが美味しいけどあっという間に甘ったるい液体と化すような、そんな季節がやってきた。
 この街も、それなりには暑くなるのだ。

 さて、私にとって衝撃だった祐一さんの告白から、一週間が経った。
 …確かに、この近くの大学には問題がある。
 何しろ、壁の高い大学の下には、ちょっと低い大学しかない。つまり、ちょうど良い中間の学校がない。
 そして祐一さんは、高みを目指すには無謀だけど下を見るには勿体無い、中間の成績だった。
 で、祐一さんの選んだ結論が先の言葉。

「ふう…」

 なんともなしにため息が出る。
 …いや、これは出て然るべきこと。ひょっとしたら、四年近くも殆ど会えないのだ。
 かといって、私があっちに乗り込む訳にもいかない。
 私には、学校に行くのも大切なこと。
 折角学校に行ける様になったのに、あっさり捨てたくなんかない。

 そんな感じで考え事をしていると、買ったばかりのアイスはでろでろに溶けているのだった。




 …栞は、予想通りの反応だった。
 まあ、栞は芯が強い奴だから大丈夫だと思うが…やっぱり早計だっただろうか。
 でも、はっきり言って香里と同じところには行けない。偏差値10も上げられない。

「うーん、もうちょっと何か言わないと、流石に泣くか…?」
「また、栞ちゃんを泣かせようとしてるの?」
「…ぐぁ」

 ここは居間だった。
 そういえば名雪と一緒にテレビを見ていたんだった…。
 横を見ると、テレビはお構いなしに俺の方を見ている名雪がいた。無視する事も話を逸らす事も出来そうにない。

「…ってちょっと待て、俺はそんなに頻繁に栞を泣かしてるか?」
「うーん、よく会うと泣きつかれるような」

 それは栞の策略だ。
 お前は一つ年下に騙されているんだ。

「ただちょっとからかったのを大げさにしてるだけだろ」
「うーん、そうかなあ」
「俺とお前の仲だろ? 一体どっちの味方なんだ?」
「栞ちゃん」
「ぐ…」

 なんか、完敗だった。




 しんとした部屋。
 この病院にも似た静けさにも、やっと嫌悪感が無くなってきた。
 馴染みのある感覚ではあるけれど、やっぱり元気になった後では感じたくないものだった。

「栞、いる?」
「あ、うん」
「入るわよ」
「うん」

がちゃ

 簡単な問答を経て、お姉ちゃんが部屋に入ってくる。
 少し音が入ってきただけで、ちょっと部屋が明るくなった気がした。

「どうしたの?」
「夕食の時、元気なさそうだったから」
「え? そんなことないよ」
「隠さないの。あなた判りやすいんだから」

 やっぱり、姉妹だと判るものなんだろうか。
 …いや、やっぱり頭のいいお姉ちゃんだからだと思う。

「うー…、祐一さんは言うまで気付かなかったのに」
「誰が言われずにあんな事に考え着くのよ…。大体、そんな澄ました顔が嘘ついてるって証拠」
「…すまし…」
「それに、相沢君と一緒にされたら泣くわ」
「ひ、ひど…っ」

 …一応、私の恋人なんですけど…。
 少し暗くなってみる。

「…はぁ、解った解った、言い過ぎたわよ。…で、どうしたの?」
「…うん」

 まあ、これ以上伸ばしても、いたずらに時間が過ぎていくだけ。
 観念して、私は祐一さんから聞いた事を話した。

「ふーん、相沢君がね…。まあ、相沢君の成績ならそれも選択肢の一つよね」
「うん…祐一さんの人生だから、私がどうこう言う資格はないんだけど…」
「将来の伴侶なのに?」
「えっ!? …そんな事、まだ決まってないもん」
「へぇ〜、本当にそう思ってる?」
「…確かにお姉ちゃんの言うとおりになったらいいとは思うけどっ! …でも、まだ私も高校生だし」

 私はまだ16、次の誕生日は来年になる。早生まれの人間はこういう時、幼く感じてしまう。

「16になら充分結婚出来る歳じゃない」
「でも…私にとっては学校生活も大切だから」
「そうねぇ…まあ、その気持ちはよく解るけど。…でも、ドラマじゃ『遠く離れても心は一緒』って感じな展開じゃないの?」
「…現実とドラマは違うもん」
「ドラマ好きがそう言うとはねぇ…」
「確かにハッピーエンドは好きだけど、現実でそうなるとは限らないでしょ?」
「そうだけどね…たまにはそれくらい、信じてみてもいいんじゃないの? それ以外に方法はないんだから」
「……」

 他に方法がない事は解ってる。
 でも…それでも、不安だから。

 お姉ちゃんが、手を私の頭にぽんっと乗せる。

「…大丈夫よ。だってあなたたちは、そんなこと足元にも及ばない出来事を経験してきたじゃない」
「……うん」

 やっぱり、お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなんだと思った。




「…ああは言ったけど」

 栞の部屋を出た後、あたしは自室で続きを考えていた。
 その時は、栞を励ますときに言ってしまったけど。

「栞の場合、命の危機に瀕していたが為に燃え上がった、っていう可能性もあるのよね…」

 そんな事を思わず口に出してしまって、邪推だ、と思い直す。
 そう、全て現実は起きてみないと解らないし…起きたところで、パラレルワールドに渡る事は出来ないのだ。






 冬の長いこの街にも、花火大会というものはあるらしい。
 結構派手な方で、地域のテレビで毎年紹介されるらしい。
 あと一週間後に夏祭りもあるんだから、その時に一緒にやれば浴衣姿の人もいて絵になるのに…とか考えていると、栞がぱたぱたと走ってきた。

「ゆ、祐一さんっ…早いですねっ」
「おう、喫茶店に居た」
「あ、そうなんですか…」

 ほどなくして、花火が打ち上がり始める。

どーーーん……
  どーーーん……

『どーーーん……どーーーん……』

 隣を見ると、電気屋のテレビにたった今見た花火が映し出されていた。
 こうやって、同じものを二つに分けて見るのは不思議な感じがする。

「…祐一さん」
「ん? なんだ?」
「祐一さんは、テレビの方を見てて下さい」
「…なんでだよ」
「いいですから」
「…ああ」

 …やっぱり、それなりに怒ってるんだろうな。
 そう思い、逆らわないようにテレビの方を見つめる。

「…祐一さん」
「…どうした?」
「同じ場所に居るのに、不思議な気分ですね」
「…ああ、全く別のところに居る感じだ」
「でも、同じ空を見てるんですよ」
「…ああ、そうだな」

どーーーん……

 大きな空の花が、開いては散り、舞っていく。
 最近のテレビじゃ、色合いも殆ど変わらない。

「…全く別のところに行っても…」

 目線を合わせない、不思議な二人。

「…見上げる空は一緒です」

 半年後、どんなに離れようと…。

「…ああ、そうだな」

 多分、こいつの事は忘れないんだろうな。






 結局、俺は県二つ隣の大学に受かった。
 俺は『連休には帰る』と言って、雪の街を去った。
 …さて…と。
 自分の進む道を決めない内は、『他人』を巻き込んでいられないよなあ…。

 新居となるアパートにたどり着く。
 水瀬家とは比べ物にならない小さな家。
 けれど、少しどきどきもする。

 ドアノブに手をかけた時、ふと空を見る。

「…同じ空の下…か。…そういえばドラマの台詞だったな」

 そう思い、笑う。
 …思わず笑ってしまうくらい、爽快で綺麗な青空の下で。








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あとがき

 製作時間二時間の衝動的超短編作品。
 校正は、気が向いたらするかもしれません(笑)
 …何が言いたいのか自分でも良く解らない作品です…。
 っていうか、読み直すと短い上にテーマがばらばら……思いつくままに任せた作品に仕上がりました(汗)

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