今まで、楽しい事や嬉しい事…沢山の出来事があって、私は今、こうして生きている。
 思い込み、勘違い、意地…自分がとってきた過去の行動を見ると、その時の心がよみがえってくる。
 それを、私はアルバムを見ながら微笑むのだ。
 こころのカメラで撮った、大切な写真を…。





過去、そして現在。





 「祐一さんっ」

 授業のチャイムに顔を起こして最初に聞いたのは、聞きなれた高い声だった。
 むっくりとそっちの方へ顔を向けると、そこには下級生の制服がいた。

「…みっしーか」
「私は天野さんじゃありません! …大体、天野さんはこういう話しかけ方をしないと思いますけど」
「おお、しおりんか」
「…やめて下さい」
「悪いな、今寝ぼけてるんだ」
「はいはい、夫婦漫才もその辺にしておきなさい」

 適当に掛け合いをし、姉の香里に締められる。

「早く行きましょう。中庭が埋まっちゃいますよ」
「もう埋まってるんじゃないか?」

 実際、教室の大部分が学食なり購買なりに出かけてしまった様だ。

「そんな事言う人嫌いですー」
「嫌いなら行けないか」
「あ…その…」
「ほら行くぞ、栞」
「あ、そのっ!」

 …最近、精神年齢下がってないか?
 そんな事を思いつつ、俺は教室の外へ向かった。




「まあ、なんだかんだで取れてしまう訳なんだよなあ」
「そうですねー」

 春の陽気に包まれた中庭は、騒がしいながらも気持ちが良かった。
 こののんびり感が結構好きだ。…寒くないし。

「はい、お弁当です」
「…それにしても、弁当も小さくなったよなあ…」

 もう一度一緒に過ごす様になってから一番驚いたこと、それはお弁当が小さくなった事だったりする。
 今は、かつての重箱の一箱分あるかどうかだ。

「多い方が良かったですか?」
「いや、別にこれくらいでも支障はない」
「やっぱり、そうですか…」
「あの時は沢山詰め込んでたよなー」

 なんとなく、話の流れで言ってしまった事だった。

「あの時は、お弁当を作れる回数が限られてましたから…」
「…それにしても、よくそんな作る料理の種類が沢山あったもんだ」
「まあ、こういう事を夢見て料理本とか読んでた時期もありましたから…」

 栞がすこし悲しそうに微笑む。

「…悪い、栞…」
「何がですか? 別になんとも思ってませんよ?」
「・・・折角のご飯の一欠けらをアリ達の食料にしてしまった」
「わ、ひどいです」

 待っていても出来る様になった事こと。
 今焦らなくても良いこと。
 好きな姉といつまでもいられる様になったこと。
 それらは、待ち望んでいた栞にどれだけ大きな影響を与えたんだろう。

 …出会った頃は、それらに縛り付けられていた栞だった。
 俺は、本当の「栞」をあまり知っていないのかも知れない。

「本当にごめんな」
「そんなに言うなら許してあげます」

 …もっと、栞のことを知りたいと思った。




「さて、今日はどうする?」

 大抵、俺たちは放課後商店街に来ていた。
 他に行くとすれば、噴水の公園。だが、そっちに行く前にも寄る事が多い。

「そうですねー。…またぶらぶらというのも味気ないですし…」
「そりゃあな。流石に人の流れも飽きただろ?」
「…少し」
「…ん? この間のアイスクリーム屋か」

 以前、栞と一緒に買いに来た店。

「栞、食べていくか?」
「うーん…風が冷たくなってきたので遠慮しておきます」

 やんわり、栞が断る。
 確かに、まだ風は冷たい。だけど…。

「…何か悪いものでも食べたか?」
「そんなことありません! 人をアイス中毒者みたいに言わないで下さい」
「違うのか?」
「違います」
「俺はてっきり…」
「てっきり、なんですか?」

 笑顔な栞が恐い。
 …どっかで、この会話聞いた事あるな…。

「いや…狂おしいほどにアイスが好きなのかと」
「確かにアイスは好きですけど…そこまでではないですよ」

 意外な一言。
 中庭では、どんなに寒くても、雪が降る中でも食べていた、アイス。

「あの時はそもそも胃が受け付ける物がそう多くありませんでしたし、どうせなら…最後に好きなもの沢山食べておきたかったんです」
「でも今は…暑くなるまで、待てますから。だから、今は今出来る事をやりたいです」

 あの出来事を経て変わった事。
 「栞」という人物には変わらなくとも、変わったところ。
 それは…本当の意味での、普通の女の子だということ。
 自分はごく普通の日常の中に居る。
 栞の言う、ドラマの様な生活ではなく…。

「祐一さん」
「ん?」
「アルバムを開くのもいいですけど、たまには写真ではなく、実物を見て下さいね」
「…ああ」

 思わず、苦笑する。

「…今の台詞、ドラマみたいでかっこいいと思いませんか?」
「うーん、昼ドラレベルだな」
「ゴールデンには及びませんか…」
「まあ、あと少しだな」
「どれくらいですか?」
「500m」
「単位はmなんですか?」
「…さあ?」

 そんな話をしながら、俺たちは商店街を歩く。
 多分、これもいい加減数日後には飽きるだろう。

「他に行くとこ見つけなきゃなー」
「だったら祐一さん、遊園地行きましょうよ」
「…学校帰りにか?」
「はい」
「却下」
「うー、即答ですか…」

 でも、「栞のそばにいる」という事だけは絶対に飽きないと思う。
 栞が大好物のアイスみたいに、関係ないことをしていても素直に「好きだ」と言える様な…うまく言葉がまとまらないな…。

「そうだ」
「なんですか?」
「ものみの丘でも行ってみるか」
「夕焼けが見れるといいですね」

 のんびり歩いていく。
 見たものすべてを写真に収めるかの様に。

「暗くならない内に行くか」
「そうですね」

 のんびり歩きながら、沢山の写真を撮って、後でゆっくりと笑えたら、どんなに幸せだろうかと思う。
 せっかちに生きる必要はない。


「…どうやって行くんだっけ?」
「知らないのに行こうと思ったんですか?」




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