瑞佳とみずか+ エピローグ
「…浩平、一つ確認しておきたい事があるんだけど」
「なんだ?」
瑞佳の話は、いつも唐突だった。
「わたしたち…その、いつ結婚するのかな?」
「あー…もうちょっと待ってくれよ、先立つものもあるしな」
「うん…そうだよね…でも、浩平も大学行ければ…」
「そんな事気にするな。…どうせ俺には大学行くような器量はないし、大した職には就けないけど…とりあえず、子供の分まで働かなきゃならないだろ」
…まあ、そういう事だった。
まあ色々あって、あれから月日は経っていた。
現在、瑞佳は休学を取っている。まあ…ソレの準備の為に。
そして俺はというと、高校を卒業した後は手に職を求めてバイトをしながらうろうろしていた。格好良く言えばフリーター、悪く言えば
プー太郎だ。
そんな生活にも少しずつ勘が付き始めた頃には、もうすっかり寒さはなくなり、それどころか少し暑い日も出てきた。
居候してる身…収入もあるのにわざわざ住まわせてもらっている身としては、少し暑い位じゃエアコンを入れてくれなんて言えない。
今日なんかも、日が照って少し暑い上仕事が休みだったもんだから、家の中でベッドを背もたれ代わりにしてぐだぐだしていた。
「…そうか、あれから一年か」
「ん? どうしたの?」
「子供といえば、あのちっこいのはどうしたかな、ってな」
「ああ、瑞菜ちゃんね…今頃どうしてるかな」
「…また『ちゃん』付けに戻ったんだな」
「だって、帰ってきたら私達の養子にするんだから、どうせ呼び捨てにしちゃうし…折角だから、今の内は…って」
「…まあ、あいつが戸籍を得るのに苦労しないのはそれだろうな」
「そういえば、相沢君はどうしてるのかな?」
「ああ…どうしてるんだろうな…。…割と面白いことやってそうだけどな、あの性格だと」
「そうだねー」
しかし…俺みたいな奴が瑞佳と一緒になると思うと、瑞佳の親は気が気でないだろうな…。
大学進学したものの就職もせずに高卒の野郎に嫁ぐなんてな…。
「まあ、そんな事は言いっこなしだよ。わたしだって、わたしなんかでいいのかな、って思っちゃうから」
「うわ、超能力者か、お前は」
「そんな事ないよ。簡単だもん、浩平の考えてる事を読むなんて」
「何をぉ!?」
「じゃあ何か考えてみなよ」
「……」
「くそお、何かとてつもないことを考えてやる」
「……」
「これはもう小学校の時のいじめを再現するしかない」
「……」
「ところで明日は雨だってな」
「……」
「…そんなこと言えないよ、浩平…」
「勝った」
「そんなことで勝たなくても…」
まあ、普段通りだといえば、普段通りだった。
「…あ、綺麗な夕焼け」
ふと外を見ると、全てを赤く染め上がらんばかりに真っ赤な太陽が下界を照らしていた。
もう、そんな時間か…。
…夕焼けというのは、なぜこんなに「えいえん」と近いのだろう。
最初にあの世界を感じたのも夕焼けを見た時だし、瑞菜が再び俺の前に現れたのも夕焼けが綺麗な日だった。
…そして、この夕焼けにも何かがあると、直感した。
ウゥ…ン
「…そういえば、こんな日だったなあ」
「え?」
「あの時は、澪に数学を教えてもらってたんだったかな…」
「浩平、何の話?」
「そう、その日も耳鳴りがして…瑞佳がそうなってないという事は、やっぱり俺だったのかも知れないな」
「…浩平…」
「だから、いつも俺の背後に現れるのか……そうなのか、瑞菜?」
後ろを振り返る。
ベッドの上には……どこかで見たような、女の子。
「…ただいま」
「よう、不良娘」
「不良って、ひどいなあ…」
「だってそうだろ」
「もうちょっと、感動とか…そういうのはないの?」
「随分とませた事を言う様になったなぁ」
「浩平と関わると、嫌でもそうなっちゃうよ」
「そうか?」
『うん』
「…二人同時に頷かなくても」
「相手が浩平だから、仕方ないんだよ」
「…で、自分探しの旅は終わったか?」
「うん。…浩平の中をずっと旅してたよ」
「俺の身体の中を隅々までくまなく…か。どこかの瑞佳が以前やってたな」
「…それ、わたしの事? その前に、浩平は『瑞佳』をわたししか知らないでしょ」
「そりゃあもう、他のところにお婿に行けないほど…」
「何をやったんだよっ」
「まあまあ…」
「…わたしが消えるときも、そうやって二人でじゃれ合ってたよね」
うおっ、出てきた途端暗く丸まった…哀れな奴め…。
でも、そんな俺たちに会うために、ちっこい身体で…。
そんな、家族に。
「…これを言うのを忘れていたな」
「…えっ?」
『家族』としての、言葉。
『お帰り、瑞菜』
「…うんっ」
たった一つの言葉。
俺たちの間には、再会に必要なものはそれだけだった。