結婚して四年目の、二月二日。
その日に俺の妻――相沢栞が、死んだ。




俺が26。栞が25の時だった。










Happiness










切欠は単純明快。嘗ての栞の病気である。
高校時代に起きた奇跡はただ遅くしただけだったようで、その病気が今更になって再発したのだった。
宣告されたのは十一月。余命は、三ヶ月。


「祐一さん。私、死にたくないです」


栞が病気を宣告されたあとに言った一言はそれだった。


「友達、ひかり、祐一さん――みんなと一緒に居れないなんて」


栞は、その日は一人にしてくれと、俺に言った。
俺も何を言って良いのか判らず、娘のひかりを連れて途方に暮れながら病室を去った。









「祐一さん。私がいなくなったら、どうしますか?」


唐突に、栞はそう尋ねてきた。
俺は一人で生きるよ。そう言った。


「それはダメです。祐一さんは幸せになる権利があるんですから、私のことを気にしないでください」


それじゃあ、栞には幸せになる権利はないのか。
そう尋ねたかった。


「でも……たまに思い出して、少しだけ感傷に耽って、忘れないようにしてくれたら――」


だけど、彼女はもう――


「――それだけで、私は幸せですから」


受け入れてしまっていた。
結局、受け入れられていないのは俺みたいな周囲の人間で。当人は悟ったかのように佇んでいた。
それがなんだか無性に寂しくて、悲しかった。









一ヶ月が過ぎた。
世の中はクリスマスムードだったが、俺はどうしても祝う気持ちになれなかった。
だが、俺が病室にはいると。


「祐一さん、クリスマスのお祝いをしましょう」


栞はひかりを抱いてそう言った。
ツリーも病院の人が用意してくれていた。


「あ、でもクリスマスケーキがありませんね」


今から買ってこよう、そう言って席を立つ。
そしたら。


「メリークリスマス。お二人さん」


香里がそこに立っていた。待望のクリスマスケーキをその手に持って。


「待ってましたよ、お姉ちゃん!」


よく考えれば、ひかりがいる時点で気付くべきだった。
ひかりは香里の所に預けていたんだから。


「そういうことよ」
「そうです」


姉妹揃ってイタズラっぽい表情。
その傍らで、ひかりは純粋にケーキに喜んでいた。









「あけましておめでとうございます」


二ヶ月目。正月を祝うために病室を訪れた。
見た目では栞の様子は変わらなくて、病気なんて嘘じゃないかと思わせた。
でも――


「ごめんね。お参りに行けなくて」


栞はひかりに対してそう謝った。
本当はもう歩けないのだ。もう、立つことすら叶わない。


「そうだ。祐一さん、後でひかりをお参りに連れて行ってあげて下さい」


いいよと俺は答えた。
実のところ頼まれなくても行こうと思っていた。
無理かもしれないけど、栞が死なないことを頼んでみるつもりだったからだ。


「それじゃあおせち食べましょう」


その日は三人でおせちを食べながら正月番組を見て笑って。
そして、面会時間を過ぎてからお参りしてきた。
ひかりはかなり眠たそうだったけど、楽しそうにしていた。









二月一日、栞の誕生日。
香里にひかりを預けて病室で二人だけでささやかに祝った。
でも、どうしても栞の病気のことが気になってちゃんと祝えたか、自信がない。


「ありがとう、祐一さん」


その感謝の言葉が、俺の耳に残った。









そして、それが俺が聞いた栞の最後の言葉になるとは思わなかった。









「……ありがとうございました」


弔問客に対しての感謝の言葉。何度も何度も頭を下げる。


「お疲れ様」
「香里……」


人がいなくなってから香里が声をかけてきてくれた。


「私たちもいるよ……」
「久しぶりだな、相沢」
「名雪、北川……」


久しぶりに会った親友。
正直、助かったと思っている。今一人でいたら参ってしまっていたかもしれない。


「ありがとな、来てくれて」
「当たり前だろ。俺だって栞ちゃんには関わりがあったんだし」
「そうだよ。それに私たちは親友なんだから」


その言葉に、不覚にも泣きそうになった。
泣いても良かったのかも知れないけど、まだ流したくなかった。


「……ありがとね。相沢君」
「え?」
「栞は相沢君と一緒になってから、とても幸せそうだったから」
「うん。私もそう思うよ」


北川も同意するように頷いている。


「そうかな?」
「そうよ」


栞を幸せにすることが出来たと思うと、途端に涙があふれ出る。
もう耐えることは出来なかった。


「相沢君……」


思い出される栞との想い出。
それがたまらなく悲しくて。


「お父さん、泣いてるの?」


ひかりの声が聞こえてくると思わず抱き締めてしまっていた。
強く、強く。


「ごめんな……今だけ、お父さん泣かせてくれ」


ひかりだって泣きたいだろう。それでも、泣かないでいてくれる。
だから、今だけは俺が泣こう。明日から泣かないためにも。
栞の思いを、背負っていくためにも。









一年後。
栞の一周忌にひかりを連れて墓前にやってきた。


「久しぶり……と言っても半年ぶりか」


墓を拭き、水をかけ、線香を焚き――そしてお供え物としてアイスクリームを置いてやった。


「寒い時でも食ってたもんな」


高校時代のことに思いを馳せて、感傷に耽る。


「栞の言ったとおり、新しい幸せを見つけてはいないけど……きっと何時か」


見つけることが出来るのかもしれない。
でもそれでも、栞のことを生涯忘れることはないだろう。


「それは許してくれよな」


そうして、手を合わせていたひかりを連れて墓前に背を向ける。
きっと栞はいつでも見守っていることだろうから。


「じゃあ、行ってくるよ。栞」


――行ってらっしゃい、と聞こえた気がする。
いつでも俺は、栞には背中を押して貰ってばっかりだと自分に苦笑して。
明日からの新しい日々を歩いていこうと決意した。



後書き

前作(第十回)と合わせて凄い作風変化が起こっている自分。

と言うかもしかして、作品に『死』とかテーマにして持ってきた自分って初めてかも?

まあ、今回のモチーフは『死別』です。

結婚の裏には別れがあること、と言うのが理由です。


とはいえ、こういったタイプのSSは書き上げたことが無く、かなり手探り状態だったことは否めません。

はっきり言ってあまり良い作品に出来上がっていないかもしれません。

ここで謝罪しておきます。


というわけで、雪凪ゆうさん。

遅れたりしてごめんなさい。後もっと遅刻した人のとりまとめとか頑張って下さい。

ではまた。


執筆者:闇夜に輝く星 管理人・八神