自分に魔法が使えれば、と思った。
何の取り柄もない自分でも、その力があれば何でも出来ると思ったからだ。
『力』
少年は堕落していた。
特に成績は平均的、運動は出来る訳ではない。所謂『普通の人』だった。
少年はそれが嫌だった。
勉強もした。筋トレもした。だが、所詮付け焼き刃だった。
何もかも上手くいかない気がしていた。
便利な魔法が使えたら、こんな自分でも存在価値はあるんだろうか?
常々、少年はそう思っていた。
そんな事は、ありえないと知っていながらも。
「優、早く学校行きなさいよ」
階下から親の声が聞こえる。
暫くぼーっとした後、のそりと起き上がった。
既に鞄の中身は整備済み、自身は制服を装備していた。ただ、自分のこころだけは準備出来ずにいた。
(あそこにいたって、クラスに溶け込んでしまうだけで、『僕』っていう存在はなくなったも同然なんだよな)
友達は少なくない。
だが、優は非凡である事に価値を見出していた。
しかし、だからといって、不良になるのとは違うと感じていた。
陳腐で安易な『非凡』は、却って願い下げだと思っていた。
(……でも、行かないわけにはいかないし)
「不便な世の中だ」
そう呟いて、優はベッドから起き上がった。
部屋を出て、下へ。
居間に行くと、怒り顔の母親が居た。
時間はまだ十分ほど余裕がある。それなのに、何でそんなに怪訝そうなんだろうか。
優も自然と怪訝な顔になる。
「あなた、まだ行ってなかったの?」
「今行くよ」
「こんなぎりぎりで大丈夫なの?」
「充分間に合うよ」
「ほんとかしら」
「いつもこの時間に出るだろ?」
出欠状況だけは、完璧だった。
通知表が「3」と「4」しか取れない優にとっては、唯一内申点を上げる手段だったのだ。
「……あなた成績も微妙なんだから、もっと勉強しなきゃいい所行けないわよ」
母親としては単に心配した末の言葉だったのだろう。
だが、優にとっては違った。
その言葉を聞いた瞬間、優の頭の中で何かが爆ぜた。
「うるさい!」
「ちょ、ちょっと優……」
優にとって、一番言われたくない事だった。
そんな事は、自分が一番悩んでいる。しかし、いくらやっても成績など伸びないのだ。
努力しても、他人に認められない。
個として存在出来ない。
母親の弁解など、まったく聞いていなかった。
「僕は真面目にやってるよ!」
勢いよく家のドアを叩きつけ、外に出た。そして、学校とは反対の方向に走り出す。
雨に濡れ、まとわり付く様な世界から、抜け出すかの様に。
……この日、優は入学して初めて学校を欠席した。
優は、湖に向かう山道を歩いていた。
元々外で遊ぶ事はしなかった為、授業をサボるといってもやる事がなかった。
単に、イライラを抱えたまま授業に出るのに耐えられなくなっただけなのだ。
雨に濡れた道を歩く。
靴の端が汚れてくるが、気にしない。
早く、広い湖を見たかった。
(中学の受験期も、ここに来たんだっけな……)
この先にある湖は、優にとって思い出の場所であった。何か嫌な事があると、学校帰りに寄っていた。
湖と同時に、この道自体も好きだった。
適度に光が入る、木漏れ日の道。見上げれば、木々の間に青い空と白い雲が見える。
……多分、この『広さ』が好きなんだと思う。
そのまま、見上げながら歩いていた。
「ふぅ……」
思わず、ため息。
(……なんで、人間の世の中は忙しいのかなあ……)
どんなに頑張ろうと必要のない人間は必要とされない。
そして、力のない人間は必要ないのだ。
優は、社会をその様に理解していた。
ずっ
「え?」
……人生の転機というものは、唐突に訪れるものである。
勿論、この瞬間も優は自分に何が起こったか解っていなかった。
ここは左手が山、右手が崖だった。それに伴い、道も斜面を描いていたのだった。そして、昨日の雨。
答えは簡単だった。
転落。
歩き慣れていて油断していたので、自分の頭を庇う事しか出来なかった。
「うわぁっ!」
優は、転がりながら意識を失った。
優は唐突に目を覚ました。
暫く呆然として、自分が転落した事を思い出す。
慌てて自分の身を確認すると、幸い大きな怪我はなかったが、靴の片方と鞄はどこかに行ってしまっていた。
(やれやれ、今日は厄日だ)
そう頭の中でぼやく。
立ち上がると、近くで流れてるはずの川へ向かうことにした。
太陽はまだ高い。どうやら一時から数時間の間、意識を失っていた様だった。
もし夜に目を覚ましてしまったら、と優は思った。
多分、とても心細くなっていたんだろう。しかし、今は太陽のお陰で客観的な状況判断が出来ていた。
「川へ到着」
誰も居ないのに、独りで呟いてしまう辺り、本当は心細いのかもしれない。
とにかく、優は擦り傷などを水で洗い流す。
すると風が吹いただけでも傷がひりひりするが、治りが遅くなるのは御免だった。
「……さて、どうするかな」
帰るだけなら、この川を下っていけばいい。しかし、この川原を半分裸足の状態で進むのは危険な気がした。
季節が季節なら、釣り人が沢山来るところでもあった。
(うーん、ああいうのって小石に紛れてるからなあ……)
優はそんなことを考えていた。
「君、どうしたの?」
自分の事だと判断して、その方に眼を向ける。
同い年くらいの、明らかに「文」の人間と思われる少年だった。
普通の洋服を着ているが、優はどことなく違和感を覚えた。
「いや、ちょっと崖から落ちてね」
何でもない、という風ににこやかに笑う。
それは相手への気遣いと共に、格好悪いから関心を持たないでくれ、という暗黙の拒否でもあった。
しかし、次の一言で、優はそれどころじゃなくなってしまった。
「俺が聞きたいのはそうじゃなくて……君、この世界の人間じゃないよね?」
「……はぁ?」
理解不能。
優の顔には、どうどうとそう書かれていた。
「あれ、意味が解らなかった?」
「……悪いけど、ね」
うーん、と少年は考え込む。
「とりあえず……君の名前は?」
「ん、僕は沢木優。年は十七かな」
「そうか。俺の名前は水無月隆。丁度同い年だね」
そういうと、隆は笑った。
「さて、さっきの本題だけど……ここで立ち話もなんだし、俺の家においでよ」
「いや、僕は自分の家に帰るよ」
「……だから、君の家はないと思うよ? この島の人間は大体覚えてるから……」
「……島? どこが?」
「ここだよ。四方を海に囲まれた、どうみても立派な島さ」
確かに優は島国には住んでいたが、離島に住んでいた記憶は無い。
「……とにかく……この場所について説明してくれる?」
「もちろんだよ。この世界には結構ひょんな事で流れ着いてくる人が多いからね、結構慣れたものだよ」
そして、隆は説明を始めた。
そこは、小さな島だった。
四方は見渡す限りの海だった。他に大地があるかどうかは判らない。
ここに住む人たちは、所謂日本人だった。ただし、彼らは特殊なものを持っていた。
それは『魔法』だった。
言霊によって、魔法を使う事が出来たのだ。
その力は個人によるものではなく、領主と呼ばれる老婆が来てから使える様になった。
つまり、流れ着いた老婆が「魔法を使える様にしてやる代わりに、自分を領主にしろ」と言ったのである。
そして、彼らはそれを呑んだ。
そして、今に至るのである。
「……で、その魔法って、何でも出来るの?」
「言霊さえ使えば、殆どの事が出来るよ。言霊自体も厳密に決められたものじゃないし。ただ、禁則はある」
「禁則?」
「うん。直接的に生死を扱う事、瞬間移動、存在確率を変更する事」
「存在確率?」
「例えば、空気から氷を作ろうとすると、空気中の水蒸気から作り出す。それ以上を作り出すときは、空気中の酸素や他の物質を水の分子に変換する必要がある。つまり、ないところから手に入れるというのは無理だ、っていう話だよ。まあ、普通は『魔法』自体が判断して上手くやってくれるけどね」
「分子の構造を変えることに関しては問題ないの?」
「うん、大丈夫だね」
川原を歩く。
幸い、釣り針はない事を隆が教えてくれていた。
そこで、優は気付いた。
「そういえば……靴って履かないの?」
そう、さっき感じた違和感はこれだったのだ。
「……ああ、魔法で少し浮いてるんだ」
「え?」
そう言われて良く見ると、確かに数ミリ浮いている。
普通に接していれば、気付かない程度だった。
「そんな事も出来るのか……」
「まあ、大体想像出来る事は出来るんだよ」
「それって、僕にも出来るって事だよね」
「多分出来ると思うよ」
優は感動していた。
まさか、夢に見た事が現実になるなんて。
そう、それに食いつくのに時間はかからなかった。
「じゃあ、その言霊を教えてよ」
「うん、これはね…『殻を破り戸を開け』の後に、一息で言い切る意味のある言葉なら何でもいいんだよ」
「何でも、って……」
「うん、ただ意味がないと、何も起こらないんだ」
「ふーん、じゃあ……殻を破り戸を開け……風の靴!」
何のひねりもなかった。……というより、唐突に機会が与えられても上手い言い回しが思い浮かばなかっただけなのだが。
しかし、『魔法』はちゃんと理解した。優は足元を何かが圧迫し、持ち上げられる感覚を覚えた。
「うわっ、と……。なんか変な感じだね」
「まあ、自分以外の力が働いているわけだから、最初は慣れないかもね」
ふわふわした様な不思議な感覚を覚えながら、優は隆の住む村へと歩いていった。
「ただいまー」
帰宅の挨拶をして暫く後、返事と足音。
「お帰りなさい。……あれ?」
小学生くらいの女の子だった。妹だろうか。
髪が長く、兄と同じく運動は不得手だろうと見られる。
印象としては、大人しくて可愛い子、という感じだ。悪く言えばナンパしやすそうな女の子とも言える。
「ああ、さっき川辺で見つけた異世界の人」
「沢木優です。……ねえ、妹?」
「うん。十つ離れてる」
「十って……かなり離れてるね」
「何でだろうなあ……」
一通りしたところで、妹の方に眼を向ける。
「なんていう名前?」
「あ…えっと、水無月涼です」
「涼ちゃんか。よろしく」
「…はい、よろしくお願いします。……って、ここに泊まるんですかっ?」
一瞬眼を見開いた後、兄の方に眼を向ける。
「まあ、当てもないし」
当人は、かなりあっさりした様子だった。
まるで、他人を家に上げるのは当然だと言わんばかりに。
「危険な人じゃないと決まったわけじゃないのに……どうしてそう楽天的なの?」
「大丈夫、優くんは人畜無害だ」
(人畜無害って、良い言われ方じゃないと思う)
「まあ、誰でも魔法が使えるんだったら、涼ちゃんも使えるんでしょ? それならいざとなっても大丈夫じゃない?」
優はそう言った。
別に何とも考えず、安易に言った言葉だった。
「……誰でも使えるから、問題なんだけどね」
隆はそう言った。
その言葉の言い含んだ部分を、優は読み取ることが出来なかった。
「とにかく、今日はわたしのお昼ご飯なんだから、残さないでね」
涼は、隆に向かってそう言い放つ。
普段引っ込み思案だと思える人でも、家族には割とはっきり言えるのだ。
「はいはい、解ってるよ」
「解ってない気がするなぁ……この間もピーマン残すし」
「苦いんだから仕方がないだろ?」
(なんか……ほのぼのしてるなあ……)
隆の言葉がのんびり柔らかく、優しいからそう聞こえるのだろう。
加えて、話している相手も幼い為、ぴりぴりした雰囲気には程遠い。
「さて、お昼ご飯にしようか」
優に向かって言う。
「あ……食べていいの?」
「ピーマン食べてくれるならね」
「お昼ご飯には入ってません」
「じゃあ食べなくても」
(…なんだろう……すごく、夫婦漫才に見えるよ……)
優は不思議な感覚を覚えた。
取り柄が無い、と恐々として焦っていた自分が、何だか変な気がしてきたのだ。
(人が幸せになるには、何が必要なんだろう)
「…俺たちと一緒にいるのは……嫌かな?」
ふと我に返ると、優をじっと見つめる二組の瞳。
兄妹だ、と思った。
「いえいえ……ご相伴に預からせて頂きます」
にこやかに言った。
「それ……ちょっと言い回しが微妙だと思うな」
「そうかな?」
「俺は客じゃない」
「僕にはそう見えたけどね」
さて、暫くして昼食。献立はご飯と味噌汁と漬け物、お浸しと……大根おろし。
「何で、大根おろしなのかな?」
当然の疑問を提起する優。
多分、誰でもそう言う。
「それは――」
「お兄ちゃんが魚を取ってくるのを忘れたからです」
「……確かに、用もないのに何で来たんだろう、とは思ったな」
「君に会ったら用件忘れちゃってて」
「それはまた悪い事を」
「本当です。……って言っても、優さんは悪くありません」
「だから、今すぐ獲りに行くって言ってるのに」
「今はご飯中」
変なところで頑固な妹だった。
(で……大根おろしは何で食べればいいのかな)
根本的な解決策は涼に抑えられている。
そして、残す事は許されない。
つまり……単体で食べなければならない事を示唆していた。
まあ、みんな辛い顔を浮かべながら完食。
不思議な顔色を浮かべながら「ごちそうさま」と言っていた。
「で、これからどうするの?」
何とか落ち着いた隆が、そう優に訊いた。
「うーん、出来れば元の世界に戻りたいんだけど」
はっきり言って、元の世界には良い思い出などなかった様に感じる。
しかも、ここには念願の魔法がある。移り住むには絶好のカードだった。
しかし、所詮余所者でしかない自分がこの世界にずっと居座っていいかは、疑問だった。
ある一様な集団の一部となるという事は、それなりに風当たりが強いという事が予想される。
果たして、この世界の住人の全てが自分の存在を容認してくれるかというと、まず無理だろうと思ったのだ。
「元の世界に戻る方法……知っているとすれば、領主様しかいないね」
「魔法を創った?」
「うん。……でも、俺はお勧めしないよ」
「何で?」
「領主様自体が信用ならない存在だからね」
「良い人なんじゃないの?」
そう言うと、隆は苦笑いの様な……不思議な顔をしていた。
「優くん……この『魔法』っていうのは、結局は一種の『力』なんだ」
「……?」
「自然に存在する何かを強いる要因、それが力だ。魔法はそんな『力』たちの、一種って事さ」
隆の言っている事は、優には伝わらなかった。
言い方が遠回しだったというのもあったかも知れない。しかし、それについて考えた事のない人間があっさり理解しろというのは無理な話だった。
「……でも、世界にとっては、僕は邪魔者でしかないんだと思う。不純物は入ってない方が綺麗だからね」
「刀の鉄は、炭素を含むから折れないんだよ」
「……ん、魔法のある世界に生まれた割には、よくそんな事知ってるね」
「魔法が使える様になったのは、まだ十年くらい前の事だよ。こいつが生まれる一年前くらいかな」
「そうなんだ……」
優は何となく感じ始めていた。
自分と、隆の……器の大きさとでも言うのだろうか。人間として、自分に足りないものを隆は持ち合わせているんだと、感じ始めていた。
その正体は、まだ優には解らない。
自分自身への劣等感に閉じ込められていた、優には。
「……あの、優さん……一緒に遊びませんか?」
どことなく変な雰囲気が漂っているのを感じたのか、涼が優に話しかけた。
「え、えっと……」
「ああ、久々に見つけた遊び相手だもんね。じゃあ優くん、可愛い妹を頼んだよ」
「……う、うん……」
優と隆の会話は中断された。
……ちぐはぐなままに。
「さて……」
改めて、村を観る。
道は土、家は木造の平屋だった。要するに、中世の日本。
のどかだった。
「……珠遊びしましょう」
涼がおずおずと話しかけてくる。
兄が居る前ではまだ明るく居られたが、流石に一人で会うと緊張するのだろう。
「女の子の遊びって、やっぱり手まり遊び?」
「えっ? ……大抵は、そうですけど」
洋服で、この家。
現代日本では見ない事もない光景だが、鉄筋コンクリート作りの建物が一軒も見当たらないのもまた不思議だ。
遊びも昔のもの。
どういう文化の混じり方をしているのか、まったく判らない。
「……この洋服や手まりの様なボールは異世界の人たちが伝えてくれたものです」
「あ、そうなんだ……気になりはしたんだけど」
「以前来た人もそんな事を言っていました。やはり、こんな文化は不思議なんでしょうか?」
「いや……僕の国も文化は受動的だからね……ただ、中途半端に入ってるものだから、気になって」
「そうですか」
外に遊びに来たのに、何故か話し込んでしまっていた。
「そう言えば、涼ちゃんは友達いないの?」
「今日は、他の皆は用事があるらしいです」
「ふーん……じゃあ、キャッチボールでもする?」
「きゃっちぼーる?」
「ボールを相手に投げ渡すのを続ける遊び。相手が落とす事を考えるよりも、相手の取りやすいボールを投げるんだよ」
「はい」
そんな感じで、キャッチボールをする二人。
思った通り運動神経は良い方ではなく、加えて女の子というのもあって、ボールを取るのも四苦八苦だった。
そんな中……優にふと思った事があった。
「そう言えば……」
「はい?」
そう、投げるときに返事をしてしまった涼。
そんな時に投げられてしまったボールは変なところへ飛んでいく。
「あっ!」
ころころと転がっていたボールは、他人の家の中へ。
「涼ちゃんはちょっと待っててね」
そう言って、家の中に入った。
平屋というのは、何故か気安く入りやすい雰囲気だった。
「お邪魔しまーす……」
そう言いながら開けると、そこには座布団に座った老人がいた。
「すみません、ボールを投げ入れてしまって……」
「いやいや、気にする事じゃない。子供が元気なのはいい事だよ」
そういうと、ボールを浮かせて優の手に収めた。
「…あれ? 今、言霊を……」
「ん? ああ、慣れれば簡単なものは口の中で言うだけで使えるんだよ」
「そうなんですか?」
優の驚きの声に、老人はにこやかに答える。
「ああ。お陰で何もしなくても大抵の事は出来るよ」
「大抵の事?」
「例えばね、私は用を足すとき以外はこの座布団に座っている」
そう言って、老人が座布団を見る。
つられて、優も見た。
すると、座布団が老人を乗せて浮き上がった。
「こうすると、魔法の力で移動することが出来る」
さっき優自身が使った、あの風の靴と同じ理屈だった。
そう、対象物を替えれば、こんな事も出来るのだ。
なんと便利な力だろうか。
「でも……そうすると、足の筋肉とか衰えないですか?」
「ん……? 別に魔法が在るんだから、別に歩けなくても不便はしないと思うけどね」
そう、それは正しい合理的な考え方。
でも……それは。
便利、だけど。
「……隆くん……やっぱり、僕は元の世界に戻るよ」
晩御飯もお世話になり、寝床も頂いた。
そして寝ようという頃、優は隆にそう言った。
「そうか……寂しいけど、それは仕方ないね」
隆は、そうとしか言わなかった。
最後に、「出るときは言ってね、ちゃんと送りたいから」と言われた。
「ふぅ……」
何となく、ため息が出た。
「優さん」
優は振り返る。涼だった。
「ん? なに?」
「あの……今日のお昼の事なんですけど……遊んでくれてありがとう」
「別にいいよ、好きで遊んでただけだから」
「それと、今まで忘れてたんですけど……」
「なに?」
「きゃっちぼーるをしている時に言いかけた事って、何ですか?」
優は昼の事を思い出す。
そして、考えていた事。
「ああ……そういえば、僕以外にも異世界の人を泊めた事って、あるの?」
「はい、ありますよ」
「その人たちは?」
「えーっと、『旅をする』とか、『元の世界に戻る方法を探してみる』とか……」
「その人たちから便りはあった?」
「そういえば、無いですね。まあ、元の世界に帰れたのかも知れませんし、便りがないのは元気にやっている証拠とも言いますし……」
(……涼ちゃんって、子供らしくないよな)
「うん、ありがと」
「こんな事しか出来なくて……」
「いや、知りたい事は解ったから。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
そう、涼と別れた。
……本当は、解っていなかった。
前から来ていたのなら、今その人たちはどこに行ったのか。
それが気になっていた。
「……あれ?」
もう一つ気になった事が出来た。
「そういえば僕、一回しか魔法を使ってないや……」
優があんなに憧れていた、魔法。
しかし、実際は使う機会がそんなにある訳ではなかった。
(第一、他の人も使えたら取り柄じゃないよな……。当たり前の力なんだし……)
そこまで考えて、気付く。
そう、昼のとき。
『……誰でも使えるから、問題なんだけどね』
そう、暴力などと同じ、個人が最初から持っている力なのだ。
だから、これをもっているからといって対人関係において何かが得、という訳ではない。
(じゃあ、その後に言ってた『所詮は力の一種』って、どういう意味だろう……)
力の一種。
では、他の『力』とは、何を指すのか。
それ以前に、暴力以外にあるんだろうか。
途中で力尽きて、優は夢の深淵に堕ちていった。
目覚めは爽快だった。
そして、ここが自分の部屋でないことに驚く。
(そうだ……ここは隆くんの家だったんだ……)
昨日の、忙しすぎた日を思い出す。
人生の転換期とでも言うのだろうか。
優の色んな考えは、絶え間なく揺り動かされていた。
自分の事。
魔法の事。
色々な事が間違っていた様で、恥ずかしくなる。
「起きた?」
「わっ!」
唐突に入ってくる優男、一人。
隆だった。
「そんなに驚かなくても」
「ご、ごめん、ちょっと考え事してたから」
「領主様の事?」
「あ、うん……そう」
正確には違ったが、あえて訂正する必要性も感じられなかったのでそのまま流した。
「俺も、安全だとは思えないから……これを渡しておくよ」
「え?」
渡されたものは、深い蒼のペンダントだった。
「これは?」
「まあ、お守りみたいなものかな」
「ふーん……。ありがとう」
早速身に付ける。
男がこういうのを身に付けるなんて少し気が引けたが、折角贈ってもらったのに失礼だと思った。
「さて……ご飯を食べてから行く?」
「あ、うん。最後にご馳走になるよ」
そうして、優は朝食を頂いた。
「どうもありがとうございました」
「いや、気にしなくていいよ」
「結局、優さんが居たときはずっとわたしがご飯作ってました」
「いやあ、嬉しそうだったから」
「お兄ちゃん、なんでそういう言い方するかな……」
妹が真っ赤になって言う。
茶化される事に慣れていない様だった。
「じゃあ、行くよ」
「ああ」
「お元気で」
そして、二人と別れた。
「さあて……」
涼に渡された地図を頼りに、領主の家を目指す。
森を歩き。
橋を渡り。
町に入った。
「ふぅ、随分歩いたな」
はっきり行って優は魔法の利便性を忘れている。そう、飛べばいいのだ、飛べば。
だが、優は風の靴で移動していた。これでは、単に足を保護しているに過ぎない。
優はあの時の光景が目に焼きついていた。
座布団一枚で何でもこなそうとする、老人。
魔法を唯一の拠り所とし、それにすがって生きていた老人。
あればあるほど良いと思っていた、力。
それは、果たして本当に良いのだろうか……優は、そう考える様になっていた。
「ん……ここか」
魔法の総本山にたどり着いた。
巨大な、城。
圧倒されながらその門に手をかけると、あっさりその門は開いた。
「これって、門の意味ないよね?」
そう、呟きながら城内に入ろうとした。
がこん。
「へっ?」
典型的な落とし穴だった。
「うわぁっ!」
そのまま落下。
「あ、そうだ、殻を破り戸をひら――」
べしゃっ。
「くぇっ!」
背中強打。
悶えて状況確認どころではない。
がたん。
天井が閉まった。
「げほっげほっ! いきなり何だ!?」
優は慌てて周りを見回す。
石の壁。
石の壁。
石の壁。
鉄格子。
……所謂牢屋だった。
「……なんで僕、こんな所にいるの?」
牢屋にしてはかなり広い気がするが、それでも何故牢屋に入れられたのか。全く見当が付かなかった。
(この世界に存在してる事が罪って言うなら、どうしようもないけど)
とりあえず、脱出する方法を考える。
石の壁は、頑丈そうで脱出は無理そうだ。
(じゃあ、鉄格子を魔法で破るっていうのは?)
そう考えて、鉄格子の強度を見る為に鉄格子に触れる。
その時、大きく弾かれた。
「わっ!」
触れた辺りの鉄格子がバチバチ言っている。
それと同時に、自分の周りを光が包んでいた。
「なんだ……これ?」
ふと思い至って胸元を探ると、光っている宝石があった。
それは時間と共に光を失い、普通の宝石に戻る。
同時に、周りを包んでいた光も消えた。
「これか……ん、あれ?」
ペンダントに何か付いている。
今まで全く存在に気付かなかったのに。
「何で……?」
折りたたまれた紙だった。
広げて、読んでみる。
『この紙は、君に生死に関わる危険が迫ったときに現れる様に予め魔法をかけておいたものだ。
きっと領主様のところでそうなったに違いない。そうでなかったらその時まで読まずに持っていてくれ。
さて、こうして事後連絡になってしまう訳を説明する。
端的に言えば、それは余計な不安を君にさせたくなかったからだ。領主様が本当に賢人ならばこの情報はデマだから、気にする事はない。
実は、異世界から来た人間がそこで奴隷として働かされているか、もしくは殺されているという話がある。
何故、そんな話があるか。それは――』
……意味が解らなかった。
いや、頭が解ろうとしていなかった。
それは……。
優が我を忘れていると、急に紙が燃えた。
「……!」
言霊の部分だけが、残った。
「さて……僕、本当に帰れるのかな……?」
そんな呟きはさておいて、その紙に記されていた事は優にとって有益であり、巨大な武器と防具を得た。
(僕がこの世界に来たのが領主様の所為だとしたら、何故領主様は異世界の人間を呼ぶんだ? これがあるって事は、不利益にしかならないのに)
そう考えながら、言霊を読む。
「……殻を破り戸を開け、全ては無にあり全ては失せし運命(さだめ)なり」
優の周りを、さっきとは違う、青白い光が包んでいた。
「さて、どれだけの効果がありますか」
鉄格子に触れてみる。
……何ともない。
「殻を破り戸を開け、鉄はもとより砂の形(かた)」
そう呟くと、鉄格子はざらざらと粗い鉄粉と化した。
魔法とはまさに無茶苦茶なものだった。
(……あの人の意味がよく解るね。これだったらずっと暮らしていけるよ)
……でも、それは生活としては間違いなのだ。
きっと。
「失礼しまーす」
一番広そうな部屋を見つけ、襖を開ける。
開けた瞬間漂う、何とも言えない威圧感。
歩を進めるほどに、あまり長居したくない雰囲気が強くなる。
目の前には、東洋文化には程遠い、扉。
それはまさしく、西洋中世の貴族の文化であった。
それも、開けようとした時。
「よく来たねえ」
耳元で囁かれる、声。
それと同時に開かれる、扉。
そして。
広い部屋の、まっすぐ先に……老婆が居た。
「……貴方が、領主様ですか?」
「いかにも」
総毛立つ様な威圧感を発しながら、にやりと笑う様な領主。
(ここに来た目的を終わらせなきゃ)
そう自分を奮い立たせて、口を開く。
「僕は、元の世界に戻りたいので領主様にお願いに上がりました。知っていたら、戻る方法を教えて頂けますでしょうか?」
後は、領主の言葉を待つだけ。
味方になるか、敵になるか。
「ああ、知ってるよ。そもそもお前を呼んだのは私だからねえ」
「……呼んだ?」
「ああ。自分の住んでる世界に興味の無い奴ほど、呼びやすいんだよ。……奴隷としてね」
「奴隷!?」
「お前の世界の奴はこの世界の奴よりも頑丈でね、多少乱暴に扱ってもなかなか死なない。だから呼んだんだよ」
……奴隷。
こうもあっさり自分の存在価値を断言されると、何も言えなかった。
暫く、言葉に詰まる。
「だから、お前にも早速今日から働いてもらうかね」
領主が手を前に出したかと思うと、光の輪が高速で飛んで来た。
「なっ!?」
避けようとするが、間に合わない。
しかし、先ほどの光のペンダントが防御してくれたお陰で影響は無かった。
「ちっ、なかなか性能のいい結界を持ってるね。さすが、人一人は触れただけで吹っ飛ばせる牢屋の結界を破っただけある」
(あれ、そんなにやばいものだったんだ……。そう言えば、手紙にも『生死に関わる危険が』って書いてあったね)
危うく、安易な行動で命を落とすところだった。
「だけど、次はそういかないよ」
領主の手が光りだす。
今度は発動までが遅い。かなり本気の様だった。
「殻を破り戸を開け――」
「遅いっ!」
光が走る。
(間に合わないっ)
元々避けられる様な速さじゃなかった。
だから、詠唱に賭けたのだが……無理があった様だ。
しかし、そんな優の絶望は、何とか繋がれる事になる。
恐怖で目を瞑る事も忘れた優の眼前を、横向きに走る光があった。
それは自分に向かう光の進路を変えさせ、それと共に優の脇をすり抜けていった。
「誰だいっ!」
領主は優の向こう――扉の方を見て叫んだ。
「別に誰っていう程の者ではないですが」
歩いてくる。
「まあ、妹にはお兄ちゃんって呼ばれてます」
場の読めない天然さは相変わらずだった。
「隆くん……」
「久しぶり〜。って言っても朝別れたばかりなんだけどね」
飄々として、隆が言った。
「どうしてここに?」
「そりゃあ、自分で作った結界が発動されたんだ、何かあったと思って来るよ」
「……そうかい、お前の結界だったんだねえ……反乱組織の筆頭、水無月隆」
「え?」
「やっぱり、領主様にはばれてました?」
「魔法の禁止を謳いながら魔法を使って活動している不思議な集団としてはね」
「そうですか」
優は完全に置いていかれていた。
「……で、親子揃って私のやり方に反対するお前が、ここに何の用だい?」
「今日こそは決着をつけようかと思いまして。奴隷目的による異世界人の召喚の事実も発覚しましたし」
「どうするんだい?」
「勿論実力行使で」
一見のんびりした様な会話から、展開は早かった。
お互い言霊無しに、炎やら氷やら、色んなものを展開させては攻撃や防御に回す。
言霊を使ったとしても、殆ど一言だけ。
(所詮は力の一種、か)
優は、ここに来て何となく解った気がした。
どんな類の力を使おうと、強い者は強い。
力が使えるだけでは、意味がないのだ。
「殻を破り戸を開け、零点の九頭竜!」
初めての、領主の全詠唱。
それは、領主の全力を意味していた。
「殻を破り戸を開け、灼熱の八岐大蛇!」
隆も全詠唱をもって応える。
氷の竜と炎の竜の、激突だった。
優の目には、互角に感じた。
しかし。
「くっ!」
目に見えて隆が押され始める。
「本家本元の私に勝てると思ったかい!?」
「そりゃあ……ある程度の制約は理解出来てたさっ!」
殆ど気合で持ち直す隆。
しかし、誰の目にも永くは持たないと判る。
「いつ反乱を起こされるか判らないお前達に、全てを渡す訳がないんだよっ! たかが少しの力でも驚き感謝するお前達だ、その力のお礼に少しでも私の役に立って死ぬんだねっ!」
「小さな力……それでもっ……皆に影響を当たるには充分なんだっ! 喜ばせるのも…勇気付けるのも…励みになるのも……堕落するのもだっ!」
優は、今何かをすべきだと思った。
しかし、全く役に立たない事はさっきの手合わせで判っている。
……でも。
それでも。
「……殻を破り戸を開け、全ては無にあり全ては失せし運命(さだめ)なり」
自分の周りに、光。
その光を左手に集め、激突の中心へ投げつけた。
「これは……っ!」
一気に開放される力。
その力場は、周囲に衝撃波として現れた。
吹き飛ばされる領主。
しかし、優と隆は平気だった。
使い切ってもまたすぐに溢れ出る光。それが、二人を守っていた。
「くそ……あの力は……なんでここにっ!?」
領主は驚愕の表情でこちらを見つめている。
「以前貴方の部屋に侵入したときに、頂きました」
隆が、そう言った。
いつもの、のんびりした様な笑顔で。
対して領主は、気付いてすらいなかった様だ。ただ、驚きの表情しか見せない。
「この世界の住人、そして領主には使えない力が君の手にあるんだ。速射系の魔法は何とかカバーするから、言霊を完成させてくれ。そして、魔法を無くして、堕落した世界を元に戻す」
希望の最終兵器。
それが、優に与えられた地位だった。
優は、嬉しかった。
一瞬でも、自分に『個』が確立出来る事が。
……それが、あと暫くで消えてしまうことだとしても。
「うん!」
「なめるなあっ!」
領主の目が血走る。
その次の刹那、色々出てくる危ないもの。具体的には、剣とか槍とか斧とか。
短期決戦のつもりだ。
「死ねぇ!」
詠唱にかかる時間はそんなに永くない。
だから、隆が暫く抑えていれば間に合う時間だった。
「早くっ!」
詠唱している間も、飛び道具と一緒に突っ込んでくる老婆。
多分、どのホラー系アトラクションでもこれに勝るものは無いだろう。
間違えない様に、しっかりと読む。
「くっ!」
余りの飛び道具の多さに、処理が追いつかなくなる隆。
焦る。
焦る。
これが、十秒も無い時間だとは、考えられなかった。
そして。
「……殻に入り、戸を閉ざせ。外から抑えば出ず力、自ずと殻と戸を開かん」
そう、唱えた時だった。
走馬灯の様に、周りの景色が遅く見える。
光が全身から溢れているのも感じた。左手には、棒状のもの――多分剣だろう――を持っていた。
身体がうずうずする。
動きたい。
走りたい。
そして……敵を斬りたい。
気付いたときには、眼前には老婆が居た。
止まろうとするが、勢いの付いた身体はなかなか止まってくれない。
剣を止めようとしたが、それは領主の傷を浅くするだけだった。
……止めなければ、袈裟斬りで真っ二つだった。
「がはっ! はあ……はぁ……」
浅かったといっても、歳の所為もあり大怪我だった。
「早く止めを刺すんだっ!」
隆の言葉。
魔法を消し去るという事は、術者がその効力を解くか、その術者が死ぬか。
だから、『魔法を創る』という魔法を消すには、領主を殺す以外に無い。
――力を得たからって、あっさり命なんか奪っていいのか?
何かの声が聞こえる。
――殺してしまえ。魔法の効力が切れたら、もしかしたらお前も帰れるかもしれないじゃないか。
そうだ、僕はその為に来た。
――なら、殺してしまえ。お前はその力を持ってる。その力を使える。
剣が、震えた。
同時に、身体も震えた。
「どうした、力に踊らされてるのかい?」
領主の言葉だった。
「自分に見合わない力なんか身に付けるから、その力に振り回されるんだよ」
皮肉たっぷりに言ったつもりなのだろうが、優はその通りだと思った。
自分に扱えないほどの、強大な力。
(僕は、さっき何を考えていた? ちゃんと自分の意思で行動して斬りかかったか?)
自問自答していく。
その過程で、初めて自分が怖いと感じた。
自分の持ってる力が怖いと思った。
抑えようとするが、剣の震えも身体の震えも止まらない。
「一度発露した力は、途中でなりを潜める事はない。力を出したら、使い切るまで出し続けるしかないのさ」
「僕は……っ」
「大体、お前みたいなのがそんな力持ってるのが気に食わないね。ほら、斬ればお前も元の世界に戻れるんだよ?」
「人殺しは……っ」
「ったく、軟弱者は最悪だね。自分には力が無いくせに、無駄に大きな力を手に入れて暴走する。所詮は、力を上手く他人より強い状態で操れる人間が頂点に立ち、他の奴らを支配していくべきなんだ」
うずうずが止まらない。
「だから、お前達は大人しく支配されてればいいんだよ。誰かに守られてるだけの、ガキが」
一瞬、かっとなった。
その刹那、手ごたえを感じた――。
「優!」
耳元で大声を上げられて、驚きで目を覚ます。
動転した状況で周りを見ると、両親と白衣の男性が居た。
「……ここは?」
訊くまでも無く、病院だった。
白い病室は、清潔感というよりも病気のイメージが強い。
「病院だよ。お前は崖から落ちて、丸一日意識が無かったんだ」
「丸一日……」
「ああ。まったく、学校なんかサボってぶらぶらしてるからだ!」
父親は静かに激怒していた。
「……まあとにかく、無事で良かった」
顔は見せなかったが、父親は心底安心しているのだろう。
母親は反応があったところからずっと泣いている。
『だから、お前達は大人しく支配されてればいいんだよ。誰かに守られてるだけの、ガキが』
あっちの世界で、最後に聞いた言葉だった。
少し前はかっとなっていた事は、この現実を見せられて納得せざるを得なかった。
『……誰でも使えるから、問題なんだけどね』
『結局は一種の『力』なんだ』
『別に魔法が在るんだから、別に歩けなくても不便はしないと思うけどね』
『小さな力……それでもっ……皆に影響を当たるには充分なんだっ! 喜ばせるのも…勇気付けるのも…励みになるのも……堕落するのもだっ!』
『自分に見合わない力なんか身に付けるから、その力に振り回されるんだよ』
『自分には力が無いくせに、無駄に大きな力を手に入れて暴走する。所詮は、力を上手く他人より強い状態で操れる人間が頂点に立ち、他の奴らを支配していくべきなんだ』
色々あった出来事……あれは一体、なんだったんだろうか。
異世界の事?
それとも、ただの夢?
「…お父さん」
「……ん?」
「人を動かす力、って何かな?」
当面の、命題。
それは……自分の生き方。
「…なんだ、急に?」
「何となく」
「うーん、暴力、財力、権力……ああ、愛情っていうのもあるぞ」
「愛情?」
「ああ。大切なものを守る為の力さ」
「……なんかとても格好良い様な微妙な事言われた気がする」
「なんで微妙なんだよ?」
「くさい」
大きなため息。
「まあ……お前もそういうのを持ったら解るさ」
……その意味が、解るのは何時の事だろうか。
そして、その時……。
ちゃんと生活出来るくらいの『力』があるだろうか。
困難を克服出来るくらいの『力』があるだろうか。
何かがあったとき、大切なものを守れるくらいの『力』があるだろうか。
その大切なものを守りたいという心に、永劫続くくらいの『力』があるだろうか。
……自分を見つけて、自分でいられるくらいの……『力』があるだろうか。
今はまだない。それは確信している。
だから、僕は父親に言った。
「……それまでは、守られててもいいよね?」
大きな親の『力』に守られて、その『力』を身に付けるまで。