雪が降っていた。
それはゆっくりと、ゆっくりと。
まるで、雲が恋しいかの様に――
雪の運命(さだめ)
雪を見ていた。
しんしんと音もなく降り続ける雪は、ふわふわとゆっくり降りてくる。
それは遊んでいる様にも、ただ降りてくるのを渋る様にも見えた。
それを見つめながら、夢の様な昨日の夜を思い出していた。
雪は全てを包み、どこか安らぎを感じさせた。
時間が止まった様な…そんな感覚を、少しの間だけ味わった。
…二人だけの世界を、感じた。
あの夜は祐一さんとの大切な思い出だけど…ただ、思い出す度に寂しくなった。
何故なら…あの出来事が、所詮「思い出」でしかないことに気付いてしまうから。
祐一さんに触れられない今となっては、あの気持ちを再び感じる事は出来ない。
「…栞」
「あ、お姉ちゃん」
声に気付いて窓から目を移すと、制服姿のお姉ちゃんが立っていた。学校から病院に来る途中にどこか寄り道したのか、ビニール袋を提げている。
…名雪さんたちと一緒に居ない事に、いつも申し訳ない気持ちになる。
お姉ちゃんは、もっともっと遊んでも、楽しんでもいい筈なのに…。
「あまり起きていると、身体に障るわよ」
「うん…あと、少しだけ」
また、窓に目を戻す。
外には、大通りが見えた。除雪の為のスプリンクラーが回り、その上から絶え間なく雪が降っていた。
地面に着いた瞬間、もしくはまだ空中にあってもスプリンクラーの水で雪の身体は消え去った。
…それを見て、私は無性に雪をもっと近くで見たくなった。
消えても消えてもただ降りてくる、雪たちの顔が知りたかった。
「…おねえちゃん」
「なに?」
お姉ちゃんが、さり気なく、そして素早く聞き返してくれる。お姉ちゃんらしい心遣いがとても嬉しい。
言う事聞いてくれるかどうかは、別だけど。
「ちょっと、外に出てもいい?」
「だめ」
…即答だった。
少しくらい躊躇してくれたって…。
ちょっとめげて、復活してからなるべく可愛い仕種で「ちょこっと」を親指と人指し指で表した。
「ちょっとだけ」
「だめよ」
「お願い」
「……」
頑張っておねだりすると、お姉ちゃんの顔に迷いが出た。…とは言っても、この顔を出させれば私の勝ちなんだけど。
そんな事実上の勝利に喜びながらも、おねだりを続ける。
「お姉ちゃん…」
「…仕方ないわね」
「やったっ。ありがと、お姉ちゃん」
「すぐ戻ってくるのよ」
急いで身支度を整えると、ベッドから出て部屋を出た。お姉ちゃんが更に何か言った様だけど、気にしない。
その足で、ナースステーションに向かい、許可を得る。看護婦さんたちは少し心配していたみたいだけど、三十分の制限付きの許可を貰った。
私はストールを羽織って、足早に自動ドアをくぐった。
空を見上げる。
黒い雲から、白い雪が自分に向かって降りてくる。
ゆっくり、ゆっくり。
雪たちは、ひらひらと舞いながら私の傍へすり抜ける様に降りていった。
ある雪に注目すると、どれだけゆっくり落ちて来るのかよく判る。
…私には、その時雪たちが悲しそうな顔をしている気がした。
もし私に辿り着いたとしてもすぐ消える運命だというのに、その雪たちは懸命に私の上に落ちようとしている様だった。
何故、雪たちはそんなに一生懸命なんだろう。
消えるのが嫌だから?
踏み潰されたくないから?
自分の姿をもっと見て欲しいから?
…早く、消えてしまえばいいのに。
ふと、そう思う自分がいた。
それに気付き、自分の考えに疑問を持つ。
どうせ消えてしまうんだから、さっさと消えてしまえばいいのに。
…ああ、そうか。
判った瞬間、私は大きな衝撃を受けた。
そう、そうなんだ。たった、こんな簡単なことだった。
ただ…それを、私が受け入れたくなかっただけで。
無理矢理納得しようと…そして、諦めようとしていただけで。
この雪は、私だ。
そして。
あの雲は…祐一さんだ。
降ってきた雪たちは、もう雲に戻る事は出来ない。
地面に落ちて、無残に消えて行くのを待つしかない。
…そう、私が祐一さんの許を離れ、そして消えていくように。
だから、この子たちが懸命だと感じたんだ。
だから、この子たちが悲しい顔をしていると感じたんだ。
だけどそれは、この子たち――雪たちの心ではなくて……私の、こころ。
私はまだ……死にたくない。
「…り、栞!」
急な呼びかけでふと意識が現実に呼び戻される。
「栞、聞いてるの!?」
「あ、ごめん、お姉ちゃん…」
声のした方を見ると、そこにはお姉ちゃんと看護婦さんたちの姿があった。
時計を見ると、もう約束の三十分はとうに過ぎていた。
…あ。
「さあ、早く病室に戻りなさい。看護婦さんたちも、すごく心配していたんだからね?」
「…皆さんご迷惑をお掛けしました」
みんなが、安心した様子で病院の中へと入っていく。
私が無事であったことに、心から喜んでくれている。
…だから、私は。
「…私は、雪なんかになりたくない」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、そっと。
「祐一さんにもう一度…会いたいから」
たとえ雪だったとしても、何にしがみついても雲のところへ帰りたい。
そう、頼りない私にさえも。
また、祐一さんの許へ。
あとがき
…うん、まあ、栞の誕生日SSという事で(本当は思い付きだけど)、急いで書きました。
出来は…どうなんだろ。自分としては書けた方だと思います(笑)
一応、これは二月一日の話です。細かい事には突っ込まないで下さい…。