桜咲き乱れる島で




「ここで、一つ提案がある」

 全ての起こりは、祐一の一言から始まった。






「初音島?」

 あまり聞かない地名に、わたしたちは首を傾げる。

「ああ。すごく沢山の桜の木がある島だ。去年までは年中桜が咲いていたらしい」
「年中桜…うーん、ありがたみがないかも」
「こっちにとっての雪みたいなものだな」
「雪は年中積もってる訳じゃないよ〜。名残雪だって見られるよ?」
「とにかく、今度のGWはみんなで行きたい」
「随分に急な話なんですね」

 お母さんが話しに参加する――といっても、夕食を取りながらだから当たり前なんだけど。
 ちなみに、今は四月下旬。確かに予定は立てていなかったけど、かなり急な話だ。
 …まあ、祐一は元々そういう人だから仕方ないんだけど…。

「北川から面白い話を聞いたんですよ」
「なんなの?」

 私が相槌を打つと、祐一が妙な為を作って答える。

「それはな…その島では強く願ったことが叶う魔法の島らしいんだ」
「魔法の島?」
「ああ。…まあ、叶うかもしれない、っていう噂みたいなものだけどな」
「ふーん…」

 願い事の叶う(かもしれない)不思議な島。
 …うん、悪くない。

「うん、わたしはこれといって用事はないよ。お母さんは?」
「そうね、私も休みが取れると思うから、行ってみましょうか」
「よし、じゃあ決まりだな」

 こうして、わたしたちは「桜の島」へ旅行する事になったのだ。




「準備できた〜?」
「それはこっちの台詞だ」

 …ったく、それは先に家を出てまだ中に居る人にかける言葉だろ。家の中から出てきて何でそれなんだ…。
 しかし、細かい事を突っ込んでも名雪の場合意味が皆無なのでやめておく。

「さて、それじゃあお願いします」
「はい、分かりました」

 秋子さんが、冬の間滅多に使われない軽自動車を動かす。
 わざわざ苦労してチェーンを巻くのなら、歩いて商店街に行く方が気が楽、とは秋子さんの弁だ。

「ここからどれくらいで着きますか?」
「このまま南へ進んで…小二時間でしょうか」

 やっぱり多少遠いな…。

「結構長いね」
「ええ、だから途中でコンビニとか寄り道しながら行きましょう」

 街を出て暫く走ると、海に出た。多分こっちは日本海。その道を、軽快に走っていく。一季節の間眠らされていたとは思えないほど、綺麗に走っていた。
 …整備した様子も無いけど…まあいいか。


「もうすぐ着きます」
「お、あれか」

 右手に、割と小さめの島が見える。
 …確かに、「桜の島」と言われる訳だ。ここからでも、沢山の桜を見る事が出来る。

「長かったね〜」

 そう、何度ぐずる名雪をイチゴ関係で抑えた事か。
 普段は良く寝るくせに、「車の中では寝られない」とはどういう事だ。「車酔いするから」…熟睡すれば全くしないんだけどな。変な所で繊細な奴だ。

 右に曲がり、橋に差し掛かる。本州と島を繋ぐただ一本の橋だ。
 この橋を越えると、普通の道を走っていても花びらが窓に触れるほど、桜が咲き誇っていた。

「流石だな…」
「ねえねえ、願いが叶うって、ほんとかな?」
「んー、どうだろうな。ここに居る間に、願いが叶うといいな」
「うんっ」
「そういえば、祐一さんは何か願い事があるんですか?」

 秋子さんが話に参加してくる。…二時間も運転してるから、かなり暇なんだろうな…。

「んー…あ、特に俺は考えてませんでした」
「あらあら…祐一さんも早く何か考えないと。強い願いじゃないと、叶わないんでしたよね?」
「そうですね…」

 …というか、俺はこの桜が見たくて「行きたい」と言ったのだ。
 一面の桜に囲まれ、桜の花びらを乗せた風を纏うのも風情だと思う。

「…こんな不思議な世界を作った人に会いたいですね」
「なに言ってるの祐一〜元々これは噂、伝説とかじゃないの?」
「ん…奇跡があるなら、魔法もあるんじゃないか、と思っただけだ」

 ふと、窓の外を見やる。


キン、コン、カン、コン


 歩道を、木琴を叩きつつ、目を名雪のように細めながらゆったりと歩いている少女を見つけた。
 …どこにでも似たような奴が居るもんだ…。多分、あの人はどんな事にもゆったりとマイペースで、お昼に屋上で鍋でもやる位のんびりした人なんだろうな…。
 …って、どんな人だ…?
 信号で止まっていた車が動き出すと、その少女はすぐに見えなくなってしまった。




「じゃあ私は手続きをしてきますので、祐一さんたちは自由に散策をしてきて下さい」

 そう言うと、秋子さんは旅館の中へ消えていった。

「うーん、どうする?」

 内容とは裏腹に全く困ってなさそうな口調で訊いてくる名雪。…何も考えてないな。

「…とりあえず、折角来たんだから桜の中を歩くぞ」
「うん、そうだね。…願い事、叶うといいなあ…」
「ん、そういえば、名雪は何が叶って欲しいんだ?」
「えーっとね…」

 どうやら、俺に言うか言わないか迷っているらしい。

「…あのね…猫さんにさわりたいな、って」

 それは名雪の、日頃からの願いだった。
 少し寂しそうに話す名雪を見て、訊いた事を少し後悔した。

「まあ…触れるといいな」
「うん」

 名雪がにこりと笑う。
 それは屈託無く純粋に、他の誰でもない自分に向けられていて、思わず顔が熱くなる。

「…どうしたの、祐一…顔が赤いよ〜?」

 …確信犯か?
 そうなのか?
 全く名雪は、鈍いんだか鋭いんだか…。まあ、感受性が豊かなのは確かだが。

「とにかく…まずは肝心の猫を探さないとな」
「うん、そうだね。それじゃあ、今から一緒に猫さんを探しに行ってくれる?」
「…仕方ないな…」
「やったあ、祐一、ありがと♪」

 …これくらいで喜ぶなんて、安上がりな奴だ。…あとは、イチゴサンデーの数を減らしてくれれば。
 さあて…そう都合良く猫が居るかが問題だ…。


「う〜」
「唸るな。仕方ないだろ? 触るどころか、見当たらなかったんだから…」

 結局、何時間か探したけれど遭遇する事は無かった。

「猫さん…」

 名雪は、幼い子供の様にうつむき、呟いた。
 …その姿が子猫のように見えたのは、俺の気のせいだろうか?

「わかったわかった。明日も探してやるよ。どうせ、暇だし」

 俺がぶっきらぼうに言うと、待ってましたとばかり名雪の顔が明るくなった。

「うんっ。ありがと、祐一」

 …やれやれ。




 今日は、朝から五月晴れだった。
 …ふと思ったが、旧暦は現在暦より一ヶ月早いから、本当は六月の晴れの事じゃないだろうか。梅雨時の快晴は滅多に無いからな…。五月病も似たようなものだろう。

「…祐一、起きてる?」

 名雪がおずおずと部屋に入ってきた。
 部屋は、俺と水瀬親子の二部屋取っているのだ。

「お前より遅く起きれない」
「あ、酷い事言ってる」
「そんな事無いぞ」

 とりあえず言葉を返しておいて、名雪が来た理由を考えてみる。

「猫」
「ああ、そうか」

 そういえば昨日そんな約束をした気がするな…。

「忘れないでよ〜」

 名雪がしょんぼりと肩を落とす。

「…ところで名雪、俺はまた声に出してたか?」
「うん」
「…誰から移ったんだろ」
「祐一、また声に出してるよ」
「…今のは声に出したんだ」

 なんか会話がどうでもよくなっている。

「名雪、行くならさっさと行くぞ」

 俺は机に置いてあった上着を羽織ると、名雪とすれ違い扉に向かった。

「あ、ま、待って」

 後ろから名雪が付いて来るのが判る。
 程なく名雪は俺の横に来ると、にこりと笑って一緒に歩き出した。


「う〜」
「唸るな…」

 …どっかで聞いた様な会話をしながら、俺は名雪の頭を撫でる。

「う〜…あれ?」
「ん?」

 名雪の視線の先に、何かがいた。

「猫さん?」
「・・・ いや、違うだろう」

 あれは猫なのか?
 まるで悪戯書きでデフォルメされた猫のような生物だ。
 果たして名雪に触らせて良いものなんだろうか…。

「猫さん〜」

 その名雪はふらふらと近寄り始めている。
 …まあ、いいか。
 もしあれが猫だとしても、願いが叶う島ならアレルギーも出ない筈だ。
 …酷く疲れてて、目的のものが目の前にあるならそれでいいじゃないか、という気分になっていた。

「ねこ〜、ねこさんだよ〜」

 既に「猫」が「ねこ」だ。
 名雪が幸せそうに頬ずりする。

「うにゃ〜!」

 猫が驚いて暴れる。

「ねこさん〜」

 対して名雪は至福の表情を浮かべる。

「うにゃ〜」

 どうやら襲われないと悟ったのか猫が落ち着いてきた。
 …猫なんだよな?
 アレルギーも出てないようだし、これで名雪の願いは叶ったって事か…とりあえず一件落着だな。
 …端から見たら、俺は呆然とこの光景を見ている男、なんだろうな…。

「…名雪」
「ねこ〜」

 ……。

 ふう。
 上を見ると、桜の花びらが舞って綺麗だ。
 …まあ、こんなのんびりした日もいいかな。

「うたまる〜」

 静かな日もいいもんだ。

「うたまる〜」

 静かな日も…。

「うたまる〜!」

 静かな…。

「あ、うたまる〜ここにいたんだ?」

 ん?
 ふと頭を下に向けると、小学生くらいの女の子が居た。髪は黄金色で、青い瞳をしている。多分、ハーフなんだろう。
 その女の子は、名雪の頬ずりしている猫に手を伸ばしている。

「うにゃ〜」

 人間が猫の鳴き真似をしたような声を上げて、うたまると呼ばれた猫が返事をする。

「あの…ごめんなさい、その猫を返してもらえますか?」
「うー、ねこー、ねこー」

 …だめだ、こりゃ。

「うにゃー、どうしよう…」

 …こいつも、猫みたいだな…。

「名雪、その猫放せ」
「ねこさんだよ? ねこさんなんだよ?」

 訳の解らない事を言い出したので、とりあえず殴っておく。

「うー、痛い…」

 両手で頭を押さえている名雪を後目に、女の子に合図する。

「今の内に持ってけ」
「え? いいの?」
「ああ。どうせ、猫の事になると何も聞かない奴だからな」

 俺がそう言うと、女の子は微笑んだ。

「Thank you. 彼女の事、よく知ってるね」

 「彼女」という単語に怯んだが、正直に答えた。

「…ずっと一緒に居るからな」

 俺の言葉で、女の子の表情が曇った気がした。

「やっぱり…近くに居た方が、気持ちが伝わるよね…」
「まあ…そうかな。でも、俺達もその前は七年間音沙汰無しだったからな。要はどれだけお互いが相手の事を知りたいか、だと思うけど」

 とりあえず、俺の意見を言っておく。
 女の子は少し考えた様子だったが、顔を上げると子供特有のにっこりとした笑顔だった。

「とにかく、お兄ちゃんどうもありがとう。ほらうたまる、音夢ちゃんの後を追いかけないと!」
「にゃ〜」

 女の子は、うたまるを乗せて走っていった。
 …あゆみたいな奴だな。

「う〜」

 名雪は、桜の下でいじけていた。




「名雪、願い事は叶った?」
「うん、幸せだったよ〜」

 帰り道、名雪はずっと機嫌が良かった。
 俺はその横で、あの女の子の事を考えていた。
 自分とは関係の無い遠くにあったこの島でも、色んな人間やその関係があるんだな、と思った。

「ねえ、祐一〜」
「ん?」
「祐一は、何か願い事叶った?」
「…そうだな。叶ったよ」

 俺は、名雪の目を見て微笑みながら言った。
 多分、あれは叶った事になるんだろう。
 俺の願い、ここに来た最大の理由は「名雪が猫を触れるように」だったからな。

「お母さん、またここに来たいね」
「ええ、そうね。祐一さんも、いいですか?」
「…そうですね。また、この桜を見に来たいですね」

 ふと、空を見上げた。
 青い空に、風に舞った桜の花びらが浮いていた。


「そういえば…秋子さんの願い事って何ですか?」
「ふふふ…企業秘密です」

 …あまり訊かない方が良さそうだ。




SS置き場に戻る


あとがき

Kanon×D.C.のクロスオーバーに挑戦です。
きっかけは「名雪に猫を触らせてあげたいなあ…」です。
萌先輩とさくらを出した訳ですが、最初のイメージではもっと二人の印象が薄かった気がします。むしろうたまるのみ(笑)

執筆中何故か誤字を大量生産してしまい、いつもより妙に時間がかかってしまいました。
…いや、タイプが遅くて更新が遅いのではなくて、単なる不精…すみません。

感想を頂けると嬉しいです。
それでは。

[忍] アクセスログ解析   [PR] 忍者ツールズ  [PR] 豪華景品アンケート  [忍] 94.5円で広告無しサーバー