白い世界に言葉を乗せて 第二話
11月13日 土曜日
「……つまり、あの病気が再発したという事です」
――何故だろう、一年前聞いた時より冷静に聞いていられるのは。
…既に予測済みだったからかも知れない。
人の身体というのは、治療したからといっても丈夫になる訳ではない。むしろ、病に罹る前より弱くなっている。
長い間栞を苦しめていた病が完治したとしても、栞が病弱だという事に変わりはない。
それだけ、栞はあの病に侵されていた。
栞の家族はみな涙を流している。しかし、祐一だけ涙は出ない。
そんな心境にないのだ。
何だかいたたまれなくなって、診察室を出た。
「…あなたは、泣かないのね」
「…何でだろうな」
香里だった。
「悲しくないの?」
「まあ、病気が再発したことについては悲しいさ」
「じゃあ、何で?」
「何でだろうな……」
祐一は窓の外を見た。
何故か、外がとてもまぶしく見える。
「…多分」
「……」
「また、奇跡が起こるんじゃないかと…どこかで思ってるからかな」
「…そう」
…沈黙。
「『起こらないから奇跡っていう』」
「…え?」
「…また、起こればいいな」
「……ええ」
暫く、二人は寒い廊下に突っ立っていた。
「あ、祐一さん…来てくれたんですねっ」
「栞、元気か…」
栞はにこやかに笑う。
しかし、祐一は言葉を失っていた。
栞は肌が白いと思っていたが、病院の淡い色合いに溶け込むように馴染んでいる。
…嫌な意味で、栞には病院が似合う……そう思った。
「どうしたんですか?」
「…ああ、いや、なんでもない」
「祐一さんこそ具合大丈夫ですか?」
「入院するほどじゃない」
「うー、耳が痛いです」
「痛かろう痛かろう」
「わ、そんな事言う人嫌いですー」
先入観からか、その声はどことなく弱弱しい。
栞の本心の顕れる仕種は小さい。
だから、思わず全てを疑ってしまう。
「…栞」
「お医者様から何か言われたんですか?」
その言葉は、すべてを知った上で発せられている様だった。
あの時…多分、既に栞は知っていたんだろう。
「…病気が再発したらしいな」
「うーん、ちょっと違いますけどね」
「…どういう事だ?」
「病名は同じですけど、同じ病気ではないという事です」
表面だけでは意味が取れない言葉。
「…さいころの目が続けて『1』を指しても、二回目の『1』は同じ『1』とは限らないんですよ」
「…何かの哲学か?」
「そういう言い方も出来ますね。出てきてくれた『1』は前と同じ『1』という役割しか持ちませんが、以前までの『1』と全く同じでは在り得ないんです」
「…俺は天才じゃないからよく意味が解らないんだが…」
「つまりですね、物事の定義は…所詮は、人間が『同じものだ』と決め付けたものでしかない、非常に曖昧で抽象的な事なんですよ」
「むぅ…つまり、栞は俺に謎掛けをして遊びたいのか?」
「違いますっ」
「だったらなんだよ」
売り言葉に、買い言葉。
「だからですね、この病気の結末は同じものとは限らないんですよ。…公園の雪が、一年前とは変わってしまった様に」
言ってしまった…言われてしまった、一言。
早く気付いてくれればいいのに。
そんな事言われなくても解ってるのに。
二人のこころはすれ違っていた。
栞の家族は気を利かせて居なかったので、二人きり。
…雪の降る日は、静かだった。
しん、と。