「ありがとう、祐一!」
「おはよう、栞」
香里が努めて明るく病室に顔を出した。
あれから2日経った。
昨日は、祐一達全員で会話をして過ごした。ただ、それだけ。
その日も残ると言い出した栞を残して、香里は家に帰ったのだ。
「…お姉ちゃん」
祐一の顔を覗きこんでいた栞が振り返る。
手には、ハンカチの倍位の大きさの白い布を持っていた。
「相沢君は、まだ寝てるの?」
言って香里は病室を見渡す。
名雪も秋子も病室にいなかった。
そして、どこからともなく、絶えず平坦な電子音が響く。
「うん…」
香里の問いかけに応え、栞がまた祐一の顔を覗き込む。
「栞?」
香里が栞の肩を軽く掴む。
「……ふふふ…」
栞が軽く笑う。
「?」
「ふふふふ…」
「栞?」
祐一の顔を覗き込みながら、栞が笑う。
部屋の中に響く物は、栞の笑い声と、平坦な電子音のみ。
「あはははははは!」
栞が大声を出して笑い出した。
香里は突然の事に頭が働かない。
「はははははは……う…うわあぁぁぁぁぁ!!」
「栞!?」
すぐに笑うのをやめて、栞は泣き出した。恥も外聞もなく、大声を出して。
あまりのことに、香里は反応が全くできなかった。
そして、電子音はまだ響いている。
「……相沢、君?」
祐一は何も反応しない。
「相沢君! 返事して!」
近寄って揺するが、やはり、反応は無かった。
香里は今やっと気付いた。栞の行動。そして、栞の握りしめている布の正体に。
「相沢君!! 起きて!」
響くのは、平坦な電子音だけだった。
一つの部屋に、全員が集まっていた。
祐一は、別の部屋にいる。
『……』
部屋の中を占めるのは、とても静かな沈黙。
栞もどうにか落ちついて、今は静かに座っていた。
そして、そのまま静かに時間が過ぎていた。
「私…」
ふと、顔を伏せながら栞が口を開いた。
「祐一さんといられてとても幸せでした」
「栞…」
さらに口を開く。
「あゆさんと一緒に初めて遭った時から、いえ、昔一緒に遊んで入いた時から私はずっと祐一さんが好きでした。
それから、何度も学校で会いました。一緒にアイスクリームを食べました。一緒にデートもしました。一緒に雪合戦もしました。一緒にお弁当も食べました。私が長くないと話した時も、一緒にいてくれると言ってくれました。初めてのキスも、そして、私の全てを祐一さんにあげました。
私は祐一さんを愛していましたし、祐一さんも、きっと私の事を愛してくれていました」
全員、祐一から栞と昔逢った事を聞いていた。なので、その話に口を挟む者はいない。
そこまで言って栞は顔を上げた。涙が頬を伝い、スカートに染みを作る。
「私は…私は…もっと、もっと幸せな時間が続くと…」
涙声で、その場にいる全員に言う。
「私は…祐一さんがいないなら、奇跡なんていりません!」
ばっと席を立って、栞は部屋を出て行った。
「栞!」
香里も立ちあがり、栞を追って走り出す。
「…」
いたたまれなくなったのか、名雪も走って部屋を出て行った。
後に残されたのは、秋子1人だけだった。
「祐一さん…私はどうすればいいんでしょう…?」
涙を一行流し、秋子も立ちあがった。