瑞佳とみずか+・プロローグ





 浩平がわたしのところに帰って来てから、早いもので三ヶ月が経つ。
 わたしは音大に進学し、浩平は…単位不足で留年。
 …まず、「記録されていない」という点に気付くべきだと思うんだけど…。いや、気付いたけど管理体制の甘さを追及されない為に気付いていない振りをしているのかも知れない。
 …まあ、現に浩平は留年してるから、今更どう考えても意味無いよね…。
 そういう訳で、わたしと浩平は同じ大学生にはなれなかった。
 別に、音大は家から結構近いから、浩平と会えないって事はないので平気なんだけど…。なんか、寂しい感じ。
 まあ今日はそんな事をぼーっと考えながら、家の門を開けた。

「ふうっ…」

 なんか、「家に帰って来た」と思うと疲れたように感じる…。
 …わたしって年寄り臭いのかな?
 …怖いから考えるのやめた。

「…あっ」

 そうだ、浩平の家に行かなきゃ。
 浩平は相変わらずの食生活で、わたしが作りに行ってあげないとインスタント食品で済ませてしまう。
 世話が焼けるなー、ほんとに…。
 …まあ…去年の今頃に比べれば、これも幸せかな。
 食材を持って浩平の家へと向かう。
 …「幸せ」という言葉を思い出し、そして一人の女の子の事を思い出した。
 みずかちゃん…今、あなたはどこに居るのかな…?




「y’=……」

 俺は微分の問題と格闘していた。
 …誰だ、こんな面倒な計算を考えたのは。何が面白くてこんなの考えたんだ?
 …閑人、か。

「…解らん」
『y’=…………』
「…おお、そうかそうか。こういう事だな?」

……。

『そうなの』

 …そう、俺は澪に勉強を習っていた。
 今は後輩ではなく、「同級生」――同じ三年生だ。
 …複雑だ。

「よし、きりもいいし今日はここまでだ。ありがとな、澪」
『どう致しましてなの』

 何故か教えてくれた澪の方が深々と頭を下げる。
 程なくして、俺たちは図書室を出た。

「今日はありがとな」

ふるふる

『復習に最適なの』

 本人いわく、『人に教えるのは自分の勉強にもなるの』だそうだ。…まあ、俺には一生かかっても無理…というかやらん事だろうが。
 俺たちは他愛もない会話をしながら、校門を出た。

ウゥ…ン

 軽い耳鳴りと眩暈が同時に起こる。
 空気が…変わったような。あるいは只の風邪の様な。

『どうしたの?』

 可愛い元後輩が、心配そうに俺の顔を覗く。

「い、いや…何でもない」
『だったらいいけど…無理はいけないの』
「ああ…解ってる」

 しかし…何かが変わった。…何かは巧く説明出来ないが、ひどく懐かしい感じはした。

「ちょっと眠いだけだ」

 ゆっくりと、俺は校舎へ振り向いた。
 何も変わらないが、夕焼けの中の誰も居ない校舎は、不思議な威圧感を感じさせた。




「ふぅ…」

 ため息をつきながら、靴を脱いでいると。

「あ、お帰りなさーい! …浩平だよね?」

 リビングの方から、声がした。瑞佳だ。
 …多分、俺の為に料理でも作っているんだろう。相変わらず、世話焼きと言うか…ありがたいけどな。

「おう、何で判ったんだ?」
「ん、なんとなく、だよ」
「なんとなくで判ればすごいもんだ」
「何年一緒に居るんだか」

 俺がここに来たのが小学二年の頃だから…。

「…十年か?」
「ううん、九年だよ」

 瑞佳が、悲しそうな笑顔を見せた。
 それに気付いて、そして後悔した。
 空白の、一年。
 瑞佳と一緒に居てやる事が出来なかった、一年。

「そうだったな」

 ここで、謝ってしまっては駄目だ。あくまで、軽く済ませる。

「…あ、そうだ」
「ん?」
「みずかちゃん、覚えてるよね?」

 少し、驚いた。
 …そういえば、みずかと会った夢を見た、って言ってたか。

「ああ、もちろんだ」
「何か今日、またみずかちゃんの夢を見た気がするんだよね…」

 今日…みずか…。
 …放課後の、あの感覚…。
 ……。
 …まさか、な…。

「まあ、あのみずかは俺がその頃の瑞佳を投影した姿だからな。…瑞佳と一番波長が合うんじゃないか?」
「そ、そうなのかなー?」
「俺の所には来ないぞ?」
「うーん…」

 瑞佳は考え込んでしまった。…何をそんなに考える事がある?
 …しかし、確かに…あの感覚は…。

 



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