瑞佳とみずか+ 第一話







わたしは、わたしが生まれたときをしらない。
ただ、気がついたらあの男の子と出会っていた。

(永遠なんて、なかったんだ…)

悲しい声。
絶望につつまれた声。
わたしは思わず言ってしまった。

「えいえんは…あるよ」

止まっていたように感じていたわたしのまわりのじかんが…そのとき、止まった。
わたしは、わたしがどこから来たかしらない。
でも、わたしがどこへ行くべきかは…浩平がしってる。
なぜか、そう思えた。

『この世界は終わらないよ…。もう終わっているんだから』

 終わらない世界が終わった。
 終わらなかったはずのわたしは…どうなるんだろう…。




「…眠い」

 俺は黒板を眺めながら、思わず呟いた。
 今までも、決して良い成績じゃなかった。相手をしてくれる奴――住井や七瀬や瑞佳が居ない今は、教室に居るのもしんどかった。
 …まあ、大学入るには勉強しなきゃならないんだが…。
 これさえ終われば、澪がまた教えてくれるらしい。
 はっきり言って、そっちの方が楽しい。澪と居る時は、俺の中の「学校」という空間を満喫できる。

 あの頃の止まった様な時間。
 昔の俺はそれを望んでいた。
 今の俺はそれだけじゃいけないと思っている。
 しかし…やっぱり俺の中では、「学校」という空間は昔のままで存在している。
 何も変わらないような日々…それを、学校に居る時は感じていたいと無意識に思っているようだ。

 …ったく、それにしてもこの授業はまだ終わらないのか…。
 早く終われぇ…でなきゃ呪い殺してやる…。

「…という訳で、y’=…………になる。…じゃあ時間も無いから、今日はここまでだ」

 本当に終わった。

(…なんだかなあ)

 ある種気疲れを感じながら、教室を出る。HRなど待ってはいられない。
 …あそこは、俺には窮屈過ぎる。
 何もかも、変わってしまったから。




『じゃあ、今日はここまでなの』
「サンキュー、助かった」

 俺はさっきの数学でやっていた範囲を習っていた。…あの先生は俺には合わない。
 澪は教え方が上手で、懇切丁寧に一年の範囲まで戻って教えてくれた。

「…あれ?」
『どうしたの?』
「あ、いや…忘れ物をしたみたいだ」
『校門で待ってるの』
「ああ、すまない。すぐに取ってくる」

 俺は鞄を引っ掴むと、教室へ走った。
 教室までは、二分程度だ。
 夕焼けで真っ赤に染まった教室に入ると、自分の机の中を漁った。

「お、あったあった」

 目的のブツを手に入れ、教室を出ようとした。

ウゥ…ン

 昨日と同じ。いや…更に増した、この感覚。

「…みずか」

 確信を持って、振り向いた。
 夕焼けで紅く染まったワンピースが、最初に目に入った。
 窓の近く、夕日を身体一杯に浴びて、少女が立っていた。

「久し振りだな」
「ひさしぶり、って意味はわからない」

 みずかは素直に答えた。

「しばらく会ってなかった時に言う言葉だ」
「しばらく、もわからない」
「…後で話す。それよりも…」
「ひさしぶり、浩平」

 みずかが、意味を解っていない言葉を紡ぐ。

「…こういうときに、言うんだよね?」
「…ああ。みずか、…元気だったか?」
「うん、げんきかな」
「そうか」

 何を言っていいか、判らない。
 終わった世界と同じ様に、終わったと思っていた…「俺の分身」だと思っていた、みずか。瑞佳が最近夢に見たと言っていたから気にはなっていたが…。

「…とりあえず、一緒に帰ろうか」
「かえる?」
「…ゆっくり出来る場所に行こうか」
「うん」

 俺が歩くと、その後をついてくる。
 その時…あまり感情を見せないみずかが、少し微笑んだ気がした。
 …今は、深く考えるのはやめよう。
 時間は、まだある。




『誰なの?』

 案の定、澪に聞かれた。

「ん…知り合いだ」
『…もしかして、その子が忘れ「者」?』
「違う」

 澪は腑に落ちない様子だったが、気にしない事にした様だ。

「浩平」
「ん?」

 …こうして見ると、本当にみずかは小さく感じる。まあ、十個も下なら、それもそうか。

「みずかは?」
「あいつは違う学校だぞ」
「なんで浩平と一緒に居ないの?」
「俺はここに居なきゃいけないからな」
「なんで?」
「一年まるまる来てなかったからな、もう一度やれってさ」
「なにをやってたの?」

 思わず膝がくだけそうになる。おいおい、そりゃあないだろ。

「…みずかの所に行ってただろ」
「そっか…」

 みずかがうつむく。

「…わたし、悪いことしたかな?」
「もう、気にするな」
「うん…。…そういえば、このおねえちゃんはだれ?」

 仲間外れにされて少しふて腐れていた澪が、急に上機嫌になる。どうやら、「お姉ちゃん」扱いされたのが嬉しかったらしい。

『上月澪』

 意気揚々とスケッチブックを見せる。

「…字がよめない」

 澪が、がっくりと肩を落とす。
 やっぱりな。…というか澪、俺でも読めないのに小さい子に読ませようと言うのか。

「こうづきみお、だ」
「…みお」

こくこく

澪が嬉しそうに頷く。

「わたしは、みずか」
『みずか? 長森先輩と同じ名前なの』

 澪には、以前瑞佳と会わせた事がある。その時は、出会ってしばらくしたら二人で仲良く話していた。…まあ、二人の性格からすれば、それもそうだろう。

「まあ、そういう事もある。とりあえず、帰ろうか」

 さっさと切り上げると、澪は、納得しないまでもそれ以上追及する事は無かった。






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