瑞佳とみずか+ 第二話





「ただいま〜」
「あ、おかえり、こうへ…」

 浩平は一人じゃなかった。しかも、相手は意外だった。
 それはもう、本当に目を疑ってしまう様な人物。

「みずかちゃん…」

 夢の中で、一度だけ会話した女の子。
 …この間の夢は見かけただけで、話していない。

「みずか…ひさしぶり」
「あ…うん、久し振りだね」

 みずかちゃんの方から挨拶されて、慌てて返事をする。

「浩平、こんな時に使うんだよね?」
「おう、そうだな」
「え?」
「あ、『久し振り』の使い方についてだ」

 …ああ、「久し振り」が時間を表す言葉だからだね…。

「で…なんでみずかちゃんが居るの?」
「おお、それは俺も聞こうと思ってたんだが、澪を待たせてたからな」
「あ、また澪ちゃんに勉強を教えてもらってたんだ」
「ああ、あいつは慌て者の割に秀才だからな」
「わたしが教えてあげるのに…」
「じゃあ今度瑞佳も頼む」
「うん、わかった」

 …あ、料理料理。

「じゃあ、とりあえず二人とも座っててね。もうすぐご飯できるから」
「おう」

 わたしは、残りの料理の仕上げに取り掛かる。

「いい匂いだな…」

 向こうの会話が聞こえる。不謹慎かな、と思いつつも、耳を傾けてみる。

「浩平…なにかへん」
「ん、どうしたんだ?」
「おなかがしめつけられるようで…このにおいをかいでたらなにか食べたくなっちゃって…」
「やっぱり、みずかも食欲ってあるんだな」
「今まではぜんぜんなかったのに…」
「『嗅ぐ』とか『食べる』って事よく知ってたな」
「なんでだろう…なぜかしってたの」

 ふうん…今まで食べたこと無いんだあ…。じゃあ、美味しいものを食べさせてあげなきゃね。
 急いで作ってあげないと。


「…で、何でお前はこの世界に居るんだ?」

 「味」というものに驚いていたみずかが何とか落ち着いた頃、俺はいよいよ本題に入った。

「終わっていた世界は、ほんとうに終わったの。まわりがこわれてきえていくのを見て、わたしは浩平に会いたいと思った。そうしたら、いつのまにかあそこにいたの」

 俺の意思によって、永遠の世界が生まれ、そして消えた。
 そのときに生まれ、「終わり」を知らなかったみずかは、「終わり」を目の当たりにして恐怖を覚えた事だろう。自分の存在した意味が、判らなくて。
 ただ生まれ、待ち続け、そして消える。
 その理由をあの世界では見つけられず、俺たちの世界へ来たのだろう。

「…まあ、簡単に言えば、みずかはお前自身の力でこっちの世界に来たって事だな?」
「うん、たぶん」
「やっぱり…永遠の世界は、消えたか」
「うん」
「…まあ、こうしてまた再び会えた事だし、楽しくやっていこうぜ、なあ?」
「うん、そうだね。…これからもよろしくね、みずかちゃん」
「…うん」

 みずかが、心なしか涙を堪えている様に見えた。
 …永遠の世界では、感情も殆ど変わらなかったみずか。
 俺と出会い、瑞佳と出会って、少しずつみずかも変わっていっている。

「よし、瑞佳、日本酒持って来い!」
「だ、駄目だよ、まだ高校生でしょ?」
「んなもん、正月にはいつも住井たちと酔い潰れてるんだ、今更どうって事あるか」
「子供の前で教育上悪いよ」
「…子供…」
「あ…」

 …なんか変な気分になってしまった。俺達もう養子をもらうってか? いくらなんでも早すぎ…。

「教育上、と言えばこいつは…時間の概念を中心に色々教えてやらなきゃいけない事があるな」
「…わたし、そんなにこども?」

 みずかが心配そうに言う。

「ああ、俺らの常識からすれば」
「…そうなんだ」
「そりゃあ、ネバーランドに居ればそうだろうな」

 ネバーランド。
 それこそ小さい子供の時に聞いた言葉だが、永遠の世界を説明するのに一番良い例えだ。
 そう、俺は。
 この小さなピーターパンに誘われて、ネバーランドへ行ってきた。
 …そして、帰って来た。
 成長する事の大切さを知らなかったあの頃。
 幸せばかりが永遠に続くと思っていた、あの頃。
 それに気付く事が出来たからこそ、俺は帰ってこれた。

「ねばーらんど、ってなに?」
「物語に出てくる、夢の世界の事だよ」
「どんな?」
「それはね…」

 …もしかして、今日は一晩中色んな事を教えてやらなきゃいけないんじゃないか?


「…眠い」

 どうやら、現実の世界に来た弊害は早速来たようだ。

「そういえば、永遠の世界に居た時は眠気なんか感じなかったな」
「…だって、そういう世界だったから…」

 寝ぼけ眼のみずかがうつらうつら答える。

「瑞佳、俺こいつを寝かせてくる。悪いけど下に居ててくれるか?」
「あ、うん、わかったよ」

 瑞佳と言葉を交わし、みずかをひょいと抱え上げた。

「…高い…。わたしってちいさいんだね」
「そうだな。まあ、これからは大きくなっていくんじゃないか?」
「わたしは…大きくなったら、どうなるんだろう」

 俺の背後――瑞佳の方から、息を呑む雰囲気が伝わってくる。

「…それは、大きくなった時に考えればいいさ。俺も、考える前は瑞佳が自分の中でどんな存在かも解ってなかったしな」

 ふと振り向くと、瑞佳が複雑な顔をしてこちらを向いていた。
 自分の中の「瑞佳」がはっきりと見えたのは、クリスマスの夜。あの時に、全てのもやは消えた。
 俺は瑞佳じゃないと駄目なんだ。
 あの時の俺は、本当に大切な人との関係がひょんな事であっさり変わってしまった事で、この幸せな関係が崩れてしまうのではないかと無意識に深い関係になるのを拒んでいたんだと思う。
 …そう、先の事を考えて「今」が判らなくなるよりは、先の事はその時考えればいい。

「さ、みずかはもう寝るか」

 俺は、階段を上がっていき、みずかを俺の部屋に寝かせつけた。
 寝付いたのを確認した後、また瑞佳のいる居間に戻ってきた。

「みずかちゃんは?」
「すやすやと眠ってる。…さて、色々問題はあるが…一番困るのは、どうやってあいつを学校に行かせるか、だ」
「うん」
「みずかの将来を考えると、学校へ行くべきだ。だがみずかには時間の概念も含め『常識』がない」

 そう、永遠の世界に独りでいた所為で、みずかは人との付き合い方を知らない。

「そうなんだよね…まずそういう所から教えて、その後…でも、学校への手続きも大変だよね」
「ああ。何よりも問題なのは、勉強するという事の意味を理解できるか、って事だ」
「浩平自身もわかってないもんね」

 …なかなか痛いところを突くじゃないか。

「…とにかく、俺は『強制されている』と思いながらやってきたが、みずかは『強制』という言葉の意味すら知らないからな」

 …割と大変だぞ、この問題…。

「うーん…。とりあえず、今のところは様子を見ようよ。今、そこまで焦る事はないんじゃない?」
「…そうだな。解らなければ教えるだけだ。学校の事も、当てが無い訳じゃないからな」
「え?」
「噂に聞く風来坊の叔母さんだ」

 実は七瀬が転校して来た二学期の間、うちの学校に来ていた転校生がいた。確かそいつの叔母さんが何でも出来る超人だ、とそいつが聞いた事がある。
 …まあ、真偽の程は知らないけれど。

「…ああ」

 瑞佳が手を打つ。

「それにしても、あいつも転校して来て三ヶ月でまた転校とは、大変な奴だよな…」
「うん、そうだね…。割と女子の人気も高かったよね」
「男子の憎悪の的でもあったけどな」

 当の本人はその両方に気付いていなかったみたいだが。

「…こうへい」

 突然呼ばれて、廊下に続く扉の方を見た。

「みずか、どうした?」
「…一緒に寝てよ」

 そういえば、生まれて初めて「寝る」んだったか。
 それなのに独りは寂しいよな…。

「よし、瑞佳も一緒に寝るか」

 みずかの方に向かいながら、瑞佳に声をかける。…段々名前がややこしくなってきた。

「え? わたしも?」
「おう」
「…うん、わかったよ」

 瑞佳は慌てていたが、背くと俺についてきた。
 俺の部屋に入り、みずかを挟む様に俺達は寝転がった。

「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、こうへい…」

 安心したように、みずかはまぶたを閉じすうすうと寝息を立て始めた。

「…よく寝てるね」
「初めて寝るのにな」
「だから、不安だったんだよ」
「まあ、そうだろうな」
「…じゃあ、おやすみ、浩平」
「ああ、また明日な」

 俺たちも静かに目を閉じる。
 さて、明日は何があるやら…。





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