瑞佳とみずか+ 第三話






「キャラメルのおまけなんて、もういらなかったんだ」

 わたしは、最初その意味がわからなかった。
 浩平のかおは、わたしのしってる浩平のかおじゃなかった。

「大人になっていくっていうのは、そういう事なんだよ」

 浩平を遠く感じた。
 浩平自信が怖がっていた安全じゃないばしょに歩き出そうとしていたのを、なんとなくわかっていた。

「みずかが傷ついて心を閉ざした俺を大切にしてくれたみたいに、俺も瑞佳を…向こうでも俺を見つけてくれた瑞佳を大切にしたいんだ」

『向こうでもおれを見つけてくれたみずか』
 わたしとおなじように、浩平の事を守ってあげたいって思った「みずか」っていう人が向こうの世界にもいるらしい。
 …だったら、わたしは?
 一緒にいようって、言ってくれたのに。
 わたしは、いらないのかな?
 この、カメレオンみたいに。

「みずかは怒るかもしれないけど、俺はもう永遠はいらないんだ。一番大事な人のところへ帰りたい。これからを歩んで行ける世界に戻りたいんだ」

 わたしは、もう必要ないんだ。
 すすむことがないこの世界に、いらいらを感じてたんだ。

「……うん」

 わたしは答える。

「怒るか、みずか」

 わたしはゆっくりと首をふった。

「そういうのってわからない。でも、浩平はその方がしあわせなんだね」

 …そう、わたしは、浩平がしあわせになれるように、この世界をつくった。
 わたしは、じゃましない方がいいんだ。
 大丈夫。
 わたしは、独りでも大丈夫だから。
 終わっている世界で、いつまでも時間がすすんだことにきづかないまま、くらしていけるんだ。
 だから…。




 とつぜん、目がさめた。
 暗い世界。
 自分がよこになっていることにきがついて、よこがあたたかいことにきづく。

 右を見ると、浩平だった。おもわず、抱きつく。
 あれは、浩平と「ひさしぶり」した時の夢。

『そういうのってわからない』

 ほんとうは、わからないんじゃなかったのかもしれない。ただ、考えたくなかっただけで、わかっていたのかもしれない。
 今は、浩平のところにいたいと思ってる。この気持ちがなんなのか、まだわからない。
 だけど、永遠にいたころとはちがう。時間が止まっていた時には、わからなかったこと。

 左を見ると、みずかだった。
 こっちの世界の、みずか。
 浩平が、わたしよりもたいせつだと言ったひと。
 こっちの世界で、浩平を守ってきたひと。
 …わたしがどんなにがんばっても、浩平にとっては「ちがう世界のひと」だから忘れられていたのかな…。
 わたしがどんなにがんばっても、浩平はこっちのみずかと一緒にがんばってきたんだ。
 …もうやめよ。
 まだ、時間はたくさんあるって、みずかは言ってた。
 だから、またあかるくなったら考えよう。
 いまは、とってもねむいな…。
 そうおもって、またしずかに目をとじた。




 ふと目をあけると、みずかが浩平のことを怒っていた。

「…どうしたの?」
「あ、みずかちゃん、おはよう」
「…?」
「朝起きたら『おはよう』って言うんだよ」
「…おはよう」
「うん、おはよう」

 みずかはとてもうれしそうだ。
 …おきたらぜったい言わなきゃいけないの…?

「あ、朝誰かに会った時の『挨拶』だからね」
「…『ひさしぶり』、とか?」
「うん、そうだね。『久し振り』も挨拶だよ」
「…ふーん」

 なんか、よくわかったようなわからないような。
 …というか、それよりも。

く〜

「あ、みずかちゃんお腹すいてる? ほら浩平、起きてっ!」
「あと五ピクセル…」
「それはドットの単位だよっ!」
「だったら…」
「うるさいっ!」

がぼっ

 あ、「まくら」を浩平の上に…。
 …浩平、くるしそう…。

「ぶはっ! …瑞佳、俺を殺す気か?」
「わたしはころす気なんかないよ?」
「いや、みずかは…。…なんか、自分で言ってて判んなくなったな」

 まあ、おなじ名前なんだからしかたない。

「うーん…確かにこっちの、みずかの方は俺の思い込みで呼んでるだけというか…みずかには失礼だが、みずかは俺の記憶の混濁から生まれた様な存在だからな…」

 言ってることはよくわからないけど、なんとなくわかる。

「じゃあ、愛称つける?」
「あいしょうって?」
「あだ名とも言うな。呼びやすい様にとか、親しみを込めて本当の名前とは違う名前で相手を呼ぶ時の名前だ」
「ふーん…浩平は、みずかに『あいしょう』をつけてるの?」
「いや…そもそも、前は『長森』って呼んでた訳だから、今では『瑞佳』が愛称って事になるな」
「ながもり?」
「それは苗字で、家族全員同じ特別な名前だよ」
「わたしのは?」
「それは…元々考えてない」
「浩平、ストレートすぎ…」
「だって仕方ないだろ? ないものはないんだから」
「それにしたって、もうちょっと言い方とかあるでしょ?」
「俺にそれを求められてもなあ」
「少しは考えてよっ」

 いろいろきいてただけなのに、だんだん浩平とみずかのけんかになってきた。
 なんだか…。

くー

 …あ。

「…そ、そういえばご飯がまだだったね…」
「早くしないと飯が冷えるぞ」
「誰のせいだよっ!?」
「まあまあ、みずかが腹を空かせてるぞ」
「…う〜」

 けっきょく…これは、浩平のかち…なのかな?




「あ、そうだ。みずか、これやるよ」

 わたしがまだもくもくと食べてると、とつぜん浩平が思いついたように言った。
 そして浩平がわたしにわたしたのは、ぶあついほんだった。

「それは『国語辞典』っていってな、言葉の意味を載せてる本だ。それと、この本」

 浩平がわたしにわたしたもう一つのほんは、うすかった。

「それで平仮名と片仮名、簡単な漢字を覚えろ。この世界で生きていく上で絶対必要だ」
「…うん。がんばる」
「浩平、遅刻しちゃうよ?」
「じゃあ、俺達は学校行ってくるから、ちゃんとお留守番してるんだぞ」
「…おるすばん?」

「家で俺達の事を待っててくれ」
「なるべく早く帰るから、ね?」
「…うん、わかった」

 どうやら、「がっこう」っていうところに行くみたい。
 浩平と一緒に帰って来た、あそこだと思う。
 …ひとり、なんだぁ…。

「それじゃ、行ってくる」
「行ってきます」
「……」
「こういうときは、『行ってらっしゃい』だよっ」
「…『行ってらっしゃい』」

ガチャン

 急に、しん…と静かになった。
 少しむねがじわっとしたけど、多分なんてことない。

「あ、そうだ」

 字を読めるようにしよう。
 わたしは、さっきもらったほんを手にとった。

「…やっぱりうすいほうにしよう」

 さいしょからことばのいみを知ろうとしても、字がよめなかった。
 がんばって、はやくおぼえて浩平たちをおどろかせよう。そう思った。




「……きゅうけ〜」

 何とかがんばって、小学校くらいの漢字は読めるようになった。
 でも多分、明日になれば忘れるんじゃないかと思う。だって、今でも少しずつ忘れていってる気がするから。

くぅ〜

 お腹がなる。
 時計を見ると…12…1…(?)時20分だった。まあ、どっちにしても『お昼どき』っていう時間だ。
 この『時間』っていうものは、浩平に何度も教えてもらった。だから、なんとなく分かるようになった。
 たしか、お昼ごはんはみずかが作ってくれてたはず。

とてとて

 れいぞうこの中を見ると、おみそしるのおわんと、ハンバーグと…野菜の料理(名前がわかんない)のお皿を見つけた。
 ちゃんと低いところに置いておいてくれたので、かんたんに取り出す事ができた。
 お皿に…とうめいな物がかぶせてあって、その上に紙が置いてあった。

『電子レンジをあけて、このお皿とおみそしるのおわんを入れてね。しめたら、「あたため」ってかいてあるボタンをおしてね。「ぴっ」ってなったらあけて食べてね。その時、あついと思うから、気をつけて  みずか』

 ていねいに、かんたんな字だけで書いてくれていた。
 こういう時、みずかのやさしさと、浩平が選んだ理由が解る。

 …そう考えると、たくさんの「みずかのやさしさ」につつまれている事に気がついた。
 朝起こしにきてくれる事。
 ごはんを作ってくれる事。
 家事をしてくれる事。
 他にも、たくさん。

ぴっ
ばたん
ぴっ
ウーン…

 暗かった電子レンジの中が明るくなる。
 ボタンを押すまでは見えなかったお料理が、よく見える。
 …今まで見えてなかった「みずかのやさしさ」が、今はよく見える。
 この家いっぱいに、みずかのやさしさがあふれてる事に気がついた。

ぴっぴっぴっ
がちゃ

 電子レンジを開けると、ゆげの立ったお料理が目の前に出てきた。
 「あつい」と言われていたので、タオルを持ってきて運んだ。…これも、みずかが教えてくれた事。

「いただきます」

 手を合わせて、いただきます。
 こうしないと、お料理に逆に食べられるって浩平が言ってた。
「弱肉強食の世界は厳しいのだ」とも言ってたけど、どういう事だろ…?




「ごちそうさまでした」

 食べ終わったあとも、しっかりとやる。
 こうしないと、お皿に食べられるって浩平が言ってた。
 人間って弱いんだね。

「さ、がんばろーっと」

 またお勉強にもどる。
 今は中学生の漢字をやってるけど、慣れてくるとコツをつかんでかんたんになってくる。
 それと同時に、時間の経つのも忘れて本に没頭していた。

「ただいまー。みずか、元気かー?」

……え?

「…おいみずか、いるのか?」
「あ、うん、ここにいるよ」
「おう、ただいま」
「お、おかえりなさい」

 浩平だった。
 学校はまだ終わってないと思うけど…。

「寂しくなかった?」
「みずか?」
「うん、そうだけど…? そんなに寂しかったのかな?」
「えと、えと…今なんじ?」
「今か? 四時くらいなんじゃないか?」

 思わず時計を見る。
 四時…3時55分。ご飯を食べてから、いつの間にかとっても時間が経ってた事に気付く。

「ん、何だ? もしかして、ずっとその本読んでたのか?」
「うん。字、覚えろって言ってたから」
「そうなんだ。それで、どれくらい覚えたの?」
「んーと、これくらい」

 そう言って、自分が今読んでるページを見せる。

「どれどれ…って、これは…」
「…もう中学の漢字まで行ってるんだ…」
「えっと…中学の漢字はまだ一回しか読んでない。小学の漢字は何回か読んだけど」
「…覚えるの早いな…」
「そうなの?」
「…全国の小学生が聞いたら、どう思うか…」
「とりあえず中学生の漢字まで覚えればいいからね」
「うん。その後は、国語辞典を読みたい」
「いや…別に、そんなに根詰めて読まなくていいぞ?」
「え? でも、国語辞典に書いてある事は全部覚えなきゃいけないんだよね?」
「全部は覚える必要ないぞ。…常識人でも、全部知ってるかどうか…」
「そうなんだ…」

 分厚いからどうしようかと思った…。

「でもすごいね、こんなに覚えたんだ…」
「うーん、でも、多分全部は覚えてないよ」
「まあ、今度から少しずつ教えてやるから、色んなこと覚えような」
「…浩平が力になれるかどうかは…」
「くっ、そればかりは何も言い返せない…」
「まあ、わたしが教えてあげるよ」
「うん」
「むう、それにしても、腹が減ったな」

 突然、なんの前触れもなく、浩平は話を変えた。

「うーん、じゃあ軽くフレンチトーストでも作ってあげるよ」
「おう」
「あ、みずか」
「うん?」

 みずかが帰って来たら、言おうと思ってた。

「ありがとうございます」
「ん、何を…かな?」
「うーん…たくさん、かな」

 優しさへの、かんしゃの言葉を。





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