瑞佳とみずか+ 転章
わたしのはじまりは、くろだった。
いちばんまっさらないろ、それがくろ。
いちばんさいしょに「きづいた」のは、じぶんとおなじおおきさのおとこのこ。
なまえを、「こうへい」といった。
『えいえんなんか、なかったんだ』
こうへいはないていた。
あるとおもっていて、なかったもの。
それがかなしくて、こうへいはないていた。
『えいえんは、あるよ』
なければ、つくればいい。
ふたりで、いっしょにやればつくれるよ。
『うそだ! そんなものはないんだ!』
『つくればいいんだよ』
『…ぼくにはそんなことできない』
『へいきだよ。わたしといっしょにやれば』
『ほんとうなのか…?』
そう、ちゃんとつくるから…。
だから、やくそく。
…「昔」の夢を見た。
そうわたしが浩平と最初に会ったときの夢。
「…浩平」
そう、わたしの横で、まだすうすうと寝ているこの男の人。
あのとき同じくらいだった背丈も、年も、ずいぶん差がついた。「かなり年の離れた兄妹」の様になった。
…わたしは、思い出さなきゃいけない。
どうしてわたしは、二人で世界を作れると思ったのか。
…そんな事を思うようになったきっかけは、国語辞典で『家族』という言葉が載っていたからだった。
わたしのお父さんは?
わたしのお母さんは?
…浩平は、わたしのなに?
わたしは、この世界に来てから変わった。
決壊したダムの水が止まることを知らないように、わたし自身もまた、勢いよく流れる時を抑えることを知らない。
「…どうしたの? まだ六時だよ?」
扉が開き、瑞佳が部屋に入ってきた。エプロンをかけている辺り、朝食を作ってくれていたみたいだ。
「ううん…なんだか、目が覚めちゃった」
「うん、子供は昼寝をする代わりに睡眠時間が短いんだよね」
「わたし子供じゃないもん!」
「はは、ムキにならないの。じゃあ、わたしは料理を並べてるから浩平を起こしてね」
そう言って、さっさと去っていく。
…大人はああいうのを軽く受け流すのかな?
でもそれは、単純に何かを失くしている気がする。
「浩平、朝だよ」
そう言って、ゆさゆさと浩平の体を揺らす。
「うーん…キスしてくれないと起きない」
…いつもこういうことを言って、起こされないようにと抵抗する。
でも、わたしとしても毎回こんな事に振り回される訳にはいかない訳で。
「ほらぁー! 起きなさいよー!」
とりあえず、瑞佳の真似をしてみた。
「ねぇ、浩平」
浩平が起きて、朝ごはんが始まった。
そこで、わたしは聞くことにした。…浩平が知ってるすべての事を。
「ん?」
ご飯を味噌汁で流し込んでいる浩平は、そのままの体制で聞き返す。
「わたしは、誰?」
「…はぁ?」
「わたしは『永遠の世界』の住人だった。でも、その前は? 浩平の話だと、わたしと約束を交わしてからあの世界を作り始めた。…これは、わたしにも記憶がある。だけど…」
「…その前の記憶があなたにもないってこと?」
折角作った料理を適当に食べられて少し落ち込んでいた瑞佳が、言葉を濁してしまったわたしの代わりに言葉を続けた。
「うん。だから、浩平は覚えてないかな、って」
浩平は、うーん、むぅ、とか言いながら考えて。
「あの時だろ……どう思い返しても、どこで話をしたか覚えてないな」
「え?」
「いや、多分電気を付けてない自分の部屋だった気がするんだが…真っ白な中にいた気もするんだ。…だから、思い当たるのは…」
「何処?」
「それは…夢の中」
…夢?
わたしと浩平の出会った場所が、夢?
…ひょっとしたら…。
一瞬。
あの青空が広がった。
そして…。
戻ってきたわたしが見た浩平の顔は、今までわたしが見た事のないような顔だった。
「おわっ!」
「どうしたの?」
急に、浩平がわたしの顔を見て驚きの顔を見せた。
「…おい瑞佳…」
浩平の顔を見て、背筋が凍る。
「なんで……いや、なんでもない」
浩平の、他人を見る様な目…そして、困惑している顔がわたしには辛かった。
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