瑞佳とみずか+ 第四話






消え始めたのは、突然だった。
そのとき、わたしは浩平に教えてもらった景色を作って、それをながめていた。
わたしは何も考えずにそれをながめていて、白いものが雲じゃないってことに、なかなか気付かなかった。

…それに気付いたときは、もうどうしようもなかった。
遠いところから、すべてが消し去られていくように白い光の中へと消えていった。
消えていくまわりの景色。
わたしは、「終わり」を知らなかった。
だから、「消える」ことも「死ぬ」ことも知らなかった。
…ただ、自分の思い通りにならなくなった世界に「恐怖」は感じていたんだと思う。
わたしの足元しか地面が残っていなくなったとき、わたしは浩平の事を思い出した。
ずっと、わたしの中心だった人。
ずっと、わたしの全てだった人。
そして……。
……浩平、会いたいよ……こうへい……。






「俺は一体…どうした?」

 自分の部屋で、俺はそんな事を考えていた。
 ふっと、みずかの存在を忘れていたかの様な感覚。
 忘れる…その言葉が浮かんで、以前自分が体験したことを思い出す。
 他に考えられる事は、一番在り得るのは俺がボケてた可能性だ。現実的には、一番可能性がある。
 だが、そうでなかったとしたら、さっきから考えてるように…みずかがもうすぐ消える、という事だ。


 …ちょっと待て。
 そもそも、「みずか」っていうのはどんな存在だ?
 みずかはどうやって生まれた?
 俺はあの時、「夢の中」と言う単語を使った。
 もしあれが、夢の中の出来事でないとしたら…?
 「夢」というものが、「自分の精神世界の表れ」だとしたら…?
 …あれ?
 じゃあ「えいえん」の世界って何だ?
 …もしかして、おれは自分の殻に閉じこもろうとしてただけなのか?
 じゃあ、みずかは…。

「…一人で考えてても仕方ないな」

 だんだん頭の中が混乱してきたので、整理したい。
 …今の考えが合ってたとして、何故瑞佳は忘れていないのか。
 それを、瑞佳がどう考えているか聞いた方がいいと思った。




「…という訳だが、瑞佳はどう思う?」

 浩平の話を聞いて、わたしは驚いた。
 不思議な世界の事は、わたしも知ってる。あの時にいきなり話し出したお菓子の国の話も、あの世界の事だったんだろう。
 …だけど、本当に驚いたのは…わたしが浩平の事を忘れていたことがある、ってこと。
 皆が浩平の事を忘れてしまっているのは、理解していたけど…私も、そうだったなんて。
 …たった一度だけ、本気で怒って無視した事はあるけど、忘れたことなんて絶対にないと思う。

「…瑞佳?」
「あ、えっと、ごめん。…ちょっと、ぼーっとしてた」
「大丈夫か?」
「うん、ありがと。…それより、みずかちゃんの事なんだけど…」
「おお、なんか思いついたか?」
「えっと…まず、その世界について、考えてみようよ」

 そう、一番大切なのは、その世界のこと。
 浩平がみずかちゃんの事を一瞬忘れていたのだとすれば、その世界が問題なはず。

「さっき、浩平は…あの世界、『えいえん』が夢の中じゃ…って言ったよね?」
「ああ」
「浩平の中では夢の中だった。けれど、他人であるわたしからすれば、夢の中の住人が出てくるなんて、ありえないとしか言い様がない」
「すると…どういう事だ?」
「そこで、想像の世界でものを言うのは良いとは思えないけど……仮に、浩平が、いわゆる超能力の様な力を持っていたら?」

 そう、わたしが考えたのは、そういうこと。
 浩平が何らかの特殊な能力を持っていて、その能力でこの世界に干渉したんじゃないか、って事。

「…ちょっと待て、もし瑞佳の言う通りだったとして、その世界の主人の俺が、何でみずかを忘れなきゃいけないんだ?」
「それはね、その力が浩平の支配下にないからだと思う」
「…つまり、俺がその力を自分で使えないから、新しく出来た世界に主人と認められてないって事か?」
「多分、そういう事になると思う」

 会話が一区切り着くと、浩平が頭を抱えた。
 …わたしだって、正直何が何だか解らない。
 この力のことだけ聞くと浩平の事は関係ない様な気がするけど、世界を創るきっかけになったのは浩平だから、力自体を持ってるのは浩平という事になる。
 わたしが忘れなかった理由…それは多分、一番最後にあの世界に行った――覗いただけだけど――のがわたしだからだと思う。

「…それで、世界が消えた後、元々その世界に住んでたみずかが消えそうだと。そう言いたいんだな?」
「うん」
「…じゃあ、どうすればいい? どうすれば、みずかの奴を助けてやれる?」
「この世界と繋がりが薄いなら…濃くしてあげればいいんじゃないのかな?」
「…どうやって? この間も、みずかにやっとこさ『時間』というものについて理解させたばかりじゃないか」
「――浩平、それだよ」
「え?」

「…どうして、『みずか』なの?」

 ずっと、わたしは疑問に思ってた。
 でも、ふと開いた昔のアルバムを見て、解った。
 みずかちゃんは、昔のわたしによく似ている。わたしと会った後はそんな世界が欲しいと思うほど沈んではいないはずだから、わたしと会う前に『みずか』ちゃんに会った事になる。

「……」
「浩平…前に、こう聞いたよね? 『一緒にお風呂に入ったことがあるだろう』って」
「…ああ。いつか登校してる時に言った気がする」
「あれは、みさおちゃんと混同してたんじゃないの?」
「…多分、そうだろうが…今までの話と、何か関係があるのか?」
「浩平は…その辺の記憶がごっちゃになってるんじゃないかな? だって、『みずか』ちゃんにあったのはわたしに会うより前の話でしょ? という事は、『みずか』ちゃんについての存在――名前とか、姿をはっきり確定したのは、それからだって事になる。つまり――」
「瑞佳の考えでは、みずかは俺の想像の産物だって事だな?」
「……うん」

 浩平は一度目を瞑り、暫く考える。
 そして、目を開く。

「…実は、そこまでなら俺も想像していた事だった。だけど、瑞佳が忘れていないんだとしたら、そういう能力を瑞佳が持っていた、という事にならないか?」
「え? だってわたしは『みずか』ちゃんを作り出す理由がないもん」
「お前も想像力を働かせろよ。会ったときからお前は俺に世話を焼いてくれたが…その気持ちが自分の分身を作り出していたとしたら?」
「だって、わたしはその時浩平に会ってないもん。最初に浩平を意識して話しかけたのは、石をぶつけちゃったあの時だよ」
「でも、その前から俺の事を認識してたから、俺の部屋の位置とかも把握してたんだろ?」
「…うーん、そう言われれば…」

 今度は私が考え込む番になってしまった。
 はっきり言って、今起きていることが浩平の混乱という事で片付いてしまうような些細な事だというのが一番の問題だと思う。
 想像だけなら、何とでも考えられる。

「…まあ、どちらの考えにしても、みずかちゃんはわたしたちどちらかの想像の産物、という結論だよね? って事は、わたしたちの手で、みずかちゃんの存在する場所がここである事を示さなきゃいけないんじゃない?」
「ああ…それをどうするか、って事だな」
「うーん…」

 二人して考え込む。
 それが解決策になるのかすら、判らない事なんだけど。

「…まずい」
「え?」

 浩平の顔を見ると、青ざめた様子でこちらを見ていた。

「…消えそうだ」




 みずかは、俺の部屋にいた。
 …多分、俺とみずかが最初に会った場所。

「…みずか」

 みずかが、こっちの方に振り返る。それが空間を引きずって、俺に「存在がある」事を主張している。
 …そのくらい、みずかの存在は俺の中で希薄になっていた。

「…浩平」

 みずかが、つぶやく様に声を出す。
 今になって…少し、目が赤い事に気付く。
 俺がこいつを悲しませるのは、一体何度目だろう。

「…わたし、どこへ行くのかな?」
「どこにも行かないぞ」
「この世界でもない、『えいえん』でもない…じゃあ、どこに行くのかな?」
「どこにも行かないって、言ってるだろ…」
「…でも、確実にどこかへ向かって進んでいるんだよ?」
「大丈夫だ。…絆さえあれば…戻ってこれる」
「浩平が、こっちの世界に戻ってきたみたいに?」
「ああ、そうだ」

 みずかが、少しだけ明るい顔をする。
 だが、はっと息を呑み、うつむいた。

「…でも、わたしにはそんな絆はないよ。だって、こっちに来たばかりだから…」
「それは違うぞ」
「…え?」
「絆の全てが時間で決まるものじゃない。一番大事なのはその強さだ。俺も…あの時何かを間違えていれば、瑞佳と深い絆を結ぶ事は出来なかったと思う。あの時、心をさらけ出して一緒に居る事を望んだからこそ…今の絆があるんだ」

 最初に付き合いだした時、自分の心を偽って人当たり良く接していたとしたら、多分こんなには通じていられなかったんだと思う。
 …そう、十年近く一緒にいた俺達でさえ、本当の絆は手に入れていなかったのかも知れない。…あの時までは。

「…じゃあ、わたしにはどんな絆があるの?」
「だから、これからそれを作るんだ」
「…もう、時間ないのに?」
「今、作る」
「え…?」

 瑞佳の方を向く。
 多分何を言うかは解っていないだろうが、瑞佳は目で『お好きにどうぞ』と伝えてきた。

 もう一度、みずかの方を向く。


「みずか……いやもとい、お前の名前は瑞菜、『折原瑞菜』だ」


 一番簡単に世界と、そして俺達と絆を結ぶ方法。それは、この世界の名前を手に入れること、そして、それを覚えていてもらうこと。

 俺の言葉に、二人の「みずか」は目を丸くする。

「…みずな?」
「ああ、そうだ。この世界だけに通用する、お前の名前だ」
「…みずな…もらっていいの?」
「もちろんだ。大事に持ってろ」
「…うん…。大切にする」
「良かったね、『瑞菜』」
「お、早速使用の上に呼び捨てになったなあ」
「えっ、だって浩平がそう言ったし、大体自分と同じ名前を呼び捨てにするのって違和感あるんだもん!」
「そうかぁ?」
「そうなんだよ! 大体、浩平は……」




瑞菜は、いつもの二人のやりとりを見て、思う。
これが、『絆』というものの強さなんだと。
その人との大きな繋がりである、名前。それを、目の前の人が考えてくれた。
すると、自分もその仲間に入れた気がして、嬉しかった。
これが、『絆』というものの温かさなんだと。
いろいろな幸せに対して、瑞菜は笑った。
そして。

「ありがとう」

瑞菜は、「家族」という名の『絆』を抱いて、そして……。




「……まったく、浩平は相変わらずなんだから…ねぇ、瑞菜……あれ?」

 その声につられて、俺も向く。
 そこには、誰もいない。

「…どこに、旅立ったんだろうな」
「浩平、覚えてるんだ」
「…ああ、『絆』を繋いだからな」
「ふーん…。…あ、名前を付けたって事は…帰ったら瑞菜のお父さんになるのかな?」
「え? なんでだよ」
「だって…『名付け親』っていう位だから、名前を付けるって事は『家族になる』って事なんじゃないかな?」
「そんな事言ったら、住職さんや神主さんは家族を何世帯掛け持ってるんだよ」
「…あ」
「瑞佳もひどいことするもんだな、頑張ってる人たちを忘れるなんて」
「あ、えと、そんなつもりじゃなかったんだよっ」
「どうだかなー」
「あのねぇ……はぁっ…」

 まあいつか、戻ってくるんだろう。
 俺が、ひょっこり戻って来れたように。
 たった一つの絆…それを頼りにして、戻って来い。
 俺らは、俺らだけは…待っていてやるからな。








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