本当に、家までやってきていた。
ぴんぽーん
本当に、チャイムまで押してしまっていた。
しーん
「あ、そういえば、瑞葉のお迎えの時間だ」
今は三時前だから、幼稚園に行ってるに違いなかった。
「なんだよ、久しぶりに長森に会おうと思ったのに」
……単に、友達に会いに来ただけですか?
変わる人、変わっていく町、そして幸せ
第二話 旧友
あっと、幼稚園。もとい、きんだーがーてん。
そんな事はどうでもよく。
「よう、長森っ」
井戸端会議中の奥様方に遠慮なく突入していく。
流石に、男の人は話に入れないと思うけど……。
「あ、相沢くん?」
「よう、相沢くんだ」
「どうしてここに?」
「この間この町に越してきたんだ」
「へぇ、そうなんだぁ」
あっさり談話をちぎって入っちゃってるし。
その前に、その『相沢くん』が何故幼稚園に居るかを聞くべきなんじゃないでしょうか、お母さん?
「……じゃなくて、何で幼稚園に?」
「ああ…それはな、お前の瑞菜の事なんだ」
「瑞菜?」
「そう、お前の娘」
「そんな事は判ってるけど……瑞菜がどうしたの? その前に何で相沢くんが関係あるの?」
「俺は教師やってるんだ。で、瑞菜がお前の旦那のせいでブラックリストに載っちゃってて、廊下を走った位で捕まってまあ体裁上俺が来ることに」
「そうなんだ……」
「というのは建前で、今度あいつに会うために家を知っておこうかと」
……という事は、事前に断りを入れず来る、という事でしょうか。
「そうなんだ〜」
「久しぶりに長森の……いや、折原の……うーん」
「ああ、呼び辛いなら瑞佳でいいよ?」
「むぅ、それはあいつに悪い」
変なところで律儀だった。
「……で、その方はどなたでしょうか?」
お母さんと話していた人が、おずおずと話しかける。
背が低めで、髪が二本、ひょこひょこと跳ねている。独特な髪だな、と思った。
「ああ、高校の時の友達で、瑞菜の学校の先生で、相沢祐一くん」
「どうも、初めまして」
「こちらこそはじめまして、岡崎渚です」
渚さんは随分若いように感じた。
多分、高校卒業してからすぐに嫁いだんだろう。
「で、こっちが娘の岡崎汐です」
「……こんにちは」
親子の筈なのに、顔立ちがかなり似ていた。多分、渚さんが童顔なのだろう。
じゃあ、もしかしたら予想より年がいってるのかもしれないけど、それを考えるのは失礼だと思う。
「初めまして、折原瑞菜です。高校一年です」
「わたしと同じ高校に通ってるんです」
「じゃあ、山の近くのですか」
「そうですね」
「いいですねっ、親子そろって同じ高校なんて」
「まあ、親としては嬉しいというか、気恥ずかしいというか……」
渚さんは、かなりほんわかした人だった。
「……で、瑞葉ちゃんとやらは?」
「ああ、瑞葉は……そこにいるよ」
見ると、大きな猪の影からこちらを覗いていた。
「……猪は、幼稚園にいてもいいものなのか?」
「ちゃんと先生の言う事は聞くし、大丈夫なんじゃないかな?」
「まあ、保護者がそう言うなら何も言う事はないけど」
私もそう思う。
猪突猛進っていう位だから、何かの拍子に突撃してしまうんじゃないだろうか。
「瑞葉、おいで」
あからさまに、相沢先生の事を警戒していた。
何で二人の子供なのに、人見知りが激しいんだろう。
「瑞葉」
私は瑞葉に近づくと、よいしょとだっこした。
恐怖におののきながらも、抱かれているために抵抗はしない瑞葉。
相沢先生も寄ってくる。
「よろしくな」
大きい手が瑞葉の頭を撫でる。
その途端。
「う…えぐっ……」
瑞葉は泣き出したのだった。
「てめえ、よくも人の娘を泣かしたな……」
親バカ炸裂だった。
「そんなこと言われてもなあ……勝手に泣き出したんだぞ?」
「いや、お前が何かしたに違いない」
仰せの通りでございます、父上。
「そんな事あるはずないだろ?」
「いや、あるに違いない」
あの…その自信はどこから来るんでしょうか。
もしかしたら、この人にはそれなりの『前科』があるのかもしれない。
「それにしても、瑞菜も活発になったよなあ。昔は無口だったのに」
いきなりこっちに話を振りますか。
明らかに逃げてるし。
「……昔って、何時の事ですか? 確かに養子になった辺りは言葉少なでしたけど」
「その頃」
「……そうですか」
帰り道にそんな事を言われたのを思い出した。
私の戸籍を入れる時にこの人の親戚が色々やってくれたとか……。
「…そういえば折原、お前は何故そんなに汚れてるんだ? お前電気工じゃなかったか?」
「昨日のリベンジだ」
……何をしてきたんだろう?
「浩平、何してきたの?」
「ん? ああ、一緒に働いてる岡崎って奴と野球勝負」
「岡崎……ああ、渚ちゃんの旦那さん?」
「……ああ、そうだな。そいつの義理の父親がそう呼んでたから」
世界は狭いものです。
……町だけど。
「で、だ」
「なに?」
「そいつらと明日、出かける事になった」
……私達は、開いた口がふさがらなかった。
「……お母さん、どうしたの?」
たまたま居間にやってきた瑞希が、そう言った。