「……で、小僧」
「なんだよ」
「何で、こんなに大所帯になってるんだ?」
「……俺に聞くな」
「お前が呼んだんじゃねえかよっ」
「もう一家族は俺も知らねえよっ」
「なにぃー!? じゃあ、見知らぬ奴らと行動しなきゃならねえのかよっ!」
「……パパ、あっきー、うるさい」
『すみません』

 幼稚園児にたしなめられる大人二人は、かなり滑稽だった。











変わる人、変わっていく町、そして幸せ


第三話 だんご三家族














 今日は岡崎に誘われてピクニックだった。
 しかし、そんな話を相沢の前でなんかしたものだから、家族を引き連れてやってきやがった。

「よう」
「こんにちは。わざわざ誘っていただいて」

 いや、誘ってねえ。

「お前の奥さん、可愛いな」
「ん、そうか?」

 綺麗と言うよりは、確実に可愛いの方だ。しかし、顔立ちという絶対値が高いことに変わりはない。
 髪はさらさらで短く、薄手の服装にストールを羽織っていた。

「相沢栞です。それで、こっちが庵、こっちが沙織。七つになったばっかりで、双子です」

 母親に促されて、二人が挨拶する。
 栗色の髪の男の子と黒髪の女の子。性格まで逆に引き継いだら結構面白いかもしれない。

「って事は、学年は瑞希の一つ下になるのか」

 そう言って、瑞希を引っ張り出す。
 ……うちの子で唯一黒髪だ。

「折原瑞希、二年です」

 挨拶の後、おじぎをする。
 どっちかと言うと、瑞佳の性格が大きいようだ。
 俺に似ていたら……女の子は瑞佳に似ていた方がいいなっ。

「相沢庵だ」
「沙織です」

 ……何となく、性格がわかった気がした。
 多分、親をそのまま小さくした感じだ。
 そうに違いない。

「おらそこっ、何ぼーっと突っ立ってるんだよっ」

 岡崎曰くオッサン自称あっきーな人だ。
 ……岡崎の奥さんの父親。
 野球好きで子供っぽいパン屋の親父。しかし「親父」というより「あんちゃん」って感じだ。……もうすぐ50だろうに。
 ……俺らはなんて呼ぶべきなんだろうか?


オッサンと呼ぶ
あっきーと呼ぶ


「オッサン」
「ん?」
「あっきー」
「なんだよ?」

 ……どっちでも良かったらしい。

「悪いな、相沢以外は初対面だったもんで」
「どういう関係なんだよ?」
「三ヶ月同じ学校に居た」
「それだけか?」
「いや、もうちょっとあるんだが……長くなる」
「……そうか」

 あれだけ怒っていた割には、追求してこない。
 意外に大人らしい部分も持ち合わせているようだった。

「とりあえず、行くぜーっ!」

 ……だが、子供っぽい奴だった。
 俺でも流石に……悪戯関係なら、やるか。

 まあ、そんなやりとりがあって……俺たちは古河パンから駅へ向かった。







 総勢14名の旅が始まった。
 そもそも、ボックス席が四つも必要な列車旅行なんて、あるのか。
 そんな俺の疑問も空しく、旅は進む。

 基本的に、子供は子供でまとまるようだ。
 しかし、庵・汐・瑞葉には栞が、瑞希・沙織には祐一がついた。
 残りの二組が同じ席に座り、パン屋と瑞菜がはじき出されるように一緒になった。

 めいめい座ったところで、列車が動き出す。
 ぎっ、と車体がきしむ音。

がたんごとん

がたんごとん

 列車は線路の上を、風を切りながら進む。
 気持ちがいい。
 柄に無く、そんな事を考えた。

「そういえば、旅行なんて初めてだね」

 瑞佳がそう訊いてくる。

「ああ、そうだな」
「俺らもそうだよな、渚?」
「いえ。以前もピクニックしました」
「おいおい、あれはピクニックって言わないだろ?」
「どういうことだ?」
「いえ、まあ色々あったんですが…」
「別に仕事中じゃないから敬語にしなくていい。で?」
「ああ……で、俺の事を家族全員で待ってて、遠出できないからって、パン屋の前の公園で」

 そりゃあ、確かに旅行とは言わないな……。

「だから、そんなの旅行じゃないだろ」
「でも、大切な思い出ですっ。だって、そこで初めて朋也くんとキ…」
「おいっ!」

 キ?
 ……面白そうだから聞いてみる。

「キ?」
「え、いや……」
「朋也くん、大声出さないで下さい。だから、わたしと朋也くんが……」
「お前は言って回りたいのかっ!」
「キ?」
「わたしと朋也くんが、初めてキスをしたんです」

 うわ、本当に言ったよ。
 岡崎は頭を抱えている。

「大事な思い出なんですから、適当に流さないで下さい」

 で、渚はふくれてると。
 岡崎も大変だな、素直すぎる奴を奥さんに持つと。

「で、流石に人の女房を呼び捨てする訳にはいかないから、渚さんって呼べばいいのか?」
「わたしはどんな呼ばれ方でも構いませんよ」
「浩平って、どの女の子も下の名前で呼ぶよね」
「一通り仲良くなったらな。そっちの方が、判りやすい」
「まあ、そうだけど……その奥さんとしては、かなり妬けるよね」
「むぅ、まあそうなんだが……」
「浩平さんって、気さくな方なんですねっ」
「うーん、気さくといえば気さくだけど……だらしなくてどうしようもない性格」

 ……妻にそんなにぼろくそに言われるって、悲しくないか?
 それでも否定できないのは悲しいが……。

「それにしても……随分面白い配置になったな」
「ん……ああ、特に子供が」

 俺の言葉に、岡崎も同意する。
 幼稚園児と少し年上の庵組、同じ小学生同士の瑞希・沙織組。仲良くなるには丁度良いと思った。

「……で、瑞菜がオッサンのところか」

 岡崎が遠い目をする。
 多分、俺の背もたれの向こうにある席を見ているのだろう。

「…なあ岡崎、そのあっきーの事なんだけど」
「え?」

 そう、岡崎が相槌を打った時だった。

「男が『あっきー』なんて呼ぶなぁっ! 呼んでいいのは女だけだっ!」
「あら、わたしは秋夫さんって呼びますよ」
「お前だけは特別さっ」

 奥さんには反応早いな。
 まあ、あれだけ若く見えればな……渚ちゃんの姉だと言われても素直に信じるかもしれない。
 だけど、どことなく母としての風格はある気がした。
 ……とりあえず、あっきーって呼び続けてやると心に誓った。

「あっきー」
「あっきー」
「あっきー」
「あっきー」

 わが子たちは順応性が高かった。全子供中四人が『あっきー』だ。
 言わないのは、瑞菜と庵だけだった。

「秋夫さん」
「秋夫さん」

 瑞菜が恥ずかしがって言わないのは判っていた。
 が、あの相沢の子が年上には丁寧なのは驚いた。

「そうだっ、俺はあっきーだっ!」

 あっきーが高らかに叫ぶ。
 そして。

「つーか、ここ一般車両だよな……」

 ……岡崎が、けだるそうに呟いた。







 随分北の方まで来た。
 特急でもそう感じるのだから、随分来たのだろう。
 各駅でしか止まらない駅も結構あったのに。

 そして、一面の花畑。

「そりゃあ、子供達には楽しい場所かもな」

 俺らは暇だけどな。
 呟いた相沢も結構つまらないらしく、ごろんと横になる。

「祐一さん、そんなにつまらなそうな顔しなくても」

 栞さんが微笑みながら言う。
 その息子の庵も、同じように木に寄りかかっていた。

「むぅ、もうちょっと面白い事が起きるかと期待してたんだがな」

 面白い事か……住井を連れてくれば良かった。
 いや、そうすると「家族」の範囲から離れるからなあ……。

「そうそう、現実で面白いことなんか起きませんよ」
「でも、俺らは珍しいこと体験しただろ?」
「まあ、それはそうですけど……」
「珍しいこと?」

 俺は疑問に思って、訊いてみる。
 その話に興味を抱いたのか、瑞佳と岡崎夫婦も寄ってくる。

「うわっ、何でこんなに寄ってくるんだっ」

 相沢は驚きながら左右に首を振って隣を見る。
 要するに、子供達だけで遊んで自分は暇、という事だろう。
 唯一、あっきーだけは野球のバットを持ってうずうずしていたが。

「……大した事じゃない」
「そうなんですか?」
「何でそこでお前が反応するんだ」
「心動かされた一少女として、あれは大切なことでしたから」

 …ああ。なんかどこかで見たような展開だ。

「そういう意味じゃない」
「ええ。判ってます」

 こっちの方が、あっちよりは大人な夫婦だったらしい。

 ……いや、大人じゃなきゃ困るだろ、俺らもうすぐ三十路なんだぞ?
 という訳で、渚ちゃん精神年齢疑惑浮上。

「じゃ、じゃあ、わたしたちの体験も教えますっ」

 あっさり疑惑肯定。
 あれか。
 小中学生の秘密の分け合いか。

 ……こうやって冷静に受け止めるなんて……俺も丸くなったよなあ……。

 ふと見ると、瑞佳がこっちの方を向いている。
 それは、参加したいという目か?
 確かに、うちのは一番現実離れしてるという自信がある。が、これに参加するのは…楽しい以上に、恥ずかしい。

「わたしのはですね…」

 早速暴露開始。
 旦那は既に諦めたようだ。
 妻の親もいる中で暴露されるというのは、一体どんな心境なんだろうか……。

 子供達の歓声と、蝉の鳴き声と、約一名の寝息の中で、それは語り始められた。




















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