世界は一つじゃない。

 そう、自分が認めれば、いくつでも。











変わる人、変わっていく町、そして幸せ


第四話 夢の世界、裏の世界














「わたしのはですね……」
「いや、お前よりも俺の方がよく知ってる。だから俺から話してやる」

 岡崎が、やれやれといった感じで渚ちゃんの声を切った。
 しばらく黙っていた後、静かに語り始めた。

「あるところに、女の子がいた。
 その女の子は、時間も進まない寂しい世界に、独りで暮らしていた。
 あるのは、ガラクタと、ふわふわと漂いながら光る珠だけだった。
 ただ広いだけの、世界。
 そこに、ある時俺は『居た』。
 何故そこに来たかは、俺には解らなかった。
 勿論、女の子にも解らなかった。
 女の子は、その世界のいたる所にあったガラクタを集めて、俺の体を作ってくれた。
 小さな人形だったけれど、俺の身体だった。
 女の子が住んでいた小屋の周りに、俺たちは遊び道具を沢山作った。
 だけど、それじゃいけない事に気付いたのは、景色の遠くに雪が降り始めてからだった。

 それに伴って、女の子は身体を動かすことが苦痛になっていた。
 まるで、冬眠するかのように。
 だから、戻る事は出来ないと解りながら、俺たちは小屋を捨て、その世界から出るために歩き出した。
 冬は容赦なく近づいてきた。
 必死で逃げた。
 この世界から出ようとしていた。
 あと、何歩歩けば届くのか判らなかった。
 自分のところにも雪が降り始めてきたある時、女の子の動きが止まった。
 『ここが、始まりの場所』
 そう言っていた気がする。
 女の子は、その世界と同化すると言った。
 自分が自分で無くなる代わりに、その世界になると言った。
 その世界は、こっちの世界の願いが辿り着く場所だと。
 その世界が無くなれば、沢山の人が不幸になると。
 こっちの世界の願いがその世界では光として見えるように、女の子の心がこっちの世界で光に見えると。
 だから、始まりの場所から旅立ち直して、光の珠を集めて欲しいと。
 記憶も何も持っていけないから、同じ結果になるかもしれない。
 もしかしたら、全く違う人生を送ってしまうかもしれない。
 でも、救いたい大切な人がいるなら、集めてきて…と。

 実際、始まりの場所……渚と会ったその日から、俺は何度も歩み直した。本当の意味で、その時間をやり直していた。
 渚じゃなく、他の奴と恋愛をした事もある。
 身体が弱い渚が、汐を産む時に命を落とした事もある。

 渚は幼い頃にも、命を落としかけた。
 その時のオッサンたちの願いを、町が聞き入れたのかも知れないが……渚は一命を取り留めた。
 だけど同時に、渚は町と繋がりを持ち始めた。
 遺伝するかのように、汐も町と繋がっていたんだと思う。

 渚が死んでしまった時の人生の時……俺はオッサンと早苗さんに支えられて、立ち直った。
 汐を自分の力で育てようと決心する様になったんだ。
 だけど……渚と同じように、町が開発されていくにつれ、段々と渚と同じような症状が現れるようになった。
 そして力尽きたとき……俺はその世界にいたんだ。
 あの女の子は、汐だったんだろう。
 俺も、渚を救えるだけの光を集めて、願いを叶える場所へ連れて行ってもらった時に、思い出しただけだからこれくらいの記憶しかないんだが……。
 …それだけ、沢山歩いてきて、今のこの世界を歩む事が出来ている。
 何人の汐があの世界と一緒になったか知れない。
 今はもう覚えていないが、他の奴にも色々な事情があって、重なる偶然、すれ違うこと、それだけで本当に関係が変わって……。
 その人生では、俺を支えにしてくれた奴もいて……。

 多分、他の奴には体験できない事を、体験できたんだと思う。
 一時は、この町を恨みもした。
 何故、町は俺たちを弄ぶのかと。
 けど、一番町に支えられたのも、俺たちだったと気付いた。

 ……しかし、渚の好きな『だんご大家族』が意外に的を得ていたのは驚いたけどな」


 そこまで話し終えて、岡崎はにこりと笑う。
 渚さんも微笑む。

「朋也くんがわたしを何度も殺したり、他の人と浮気をしたのはわかりました」
「どこを聞いていたんだ!」
「なにぃー! 渚を殺しただとぅ!?」
「……誰か止めてくれ」

 いい話が台無しだった。

「二人とも勘違いしすぎだって」

 俺が助け舟を出す。

「だって、『始まりの時』とかよく解らない言葉で濁すんですっ」
「くそぉーっ、渚の仇だっ!」
「だから、渚さんは死んでないでしょう」
「ああ。俺もそう思う」

 途端に真顔に戻る。
 この人は……。

「ならそんな反応するな」

 岡崎が頭を抱えながら言う。

「可愛い娘のためならなんでもやるぞっ!」
「……やるなら娘の勘違いを是正してくれ」

 ……とりあえず、秋夫さんがその時のノリと気分で動く事は解った。

「で、次は俺のところか?」

 突然、折原が話に入ってくる。

「ん、やっぱりお前のところもあるのか?」
「どうしても瑞佳が入りたいって目で訴えるから、仕方なくな」
「えっ、そんな目してないよ」
「まあまあ、遠慮するな」

 そして、こっちの方に向いた。

「まあ、殆ど俺の問題なんだけどな」

 そう前置きして、話に入る。

「俺は、みさおっていう妹がいた。
 父親は既にいなかったが、そいつと遊んでるだけで楽しくて、それが永遠に続くと信じていた。
 だけど、それは嘘だった。
 みさおが入院して、どんどん弱っていって、母親は救いを求めるように宗教にのめり込んだ。そして、母親は蒸発した。
 しばらくして、結局みさおは死んだ。
 そう……死んだんだ。

 ……永遠はなかった。
 それだけが、俺の頭の中で繰り返されていた。
 叔母さんに引き取られた後も、俺はあてがわれた自分の部屋に引きこもって泣いていた。
 そして、暗い中で、気付いたことがあった。

 ……それは、一人の女の子だった。
 永遠はない、という俺に向かって、こう言った。
 『えいえんは、あるよ』
 続くと思っていた幸せが消えた事に悲しみを覚えていた俺は、それにすがりつこうとした。
 ……まあ今思えば、みさおが死んだ後に永遠を手に入れても、みさおがいない永遠を手に入れるだけだったんだけどな。
 それに気付かず、俺はその女の子と盟約を交わした。

 その世界が出来たら、そこに行くと。

 そして、十年近くが経った。
 その盟約を交わした直後、瑞佳と知り合って……そのまま、幼馴染として暮らしてきた。
 ところが、あるくじ引きの罰ゲームが全てを変えた。
 住井っていう悪友が持ちかけた、「当選者に好きな奴に告白する権利贈呈」という企画だ。つまり、当たった奴を槍玉に上げようって奴だな。
 話を聞いてしまったが為に受けざるを得なくなった俺は、仕方なく引いて……当たりを引いた。
 その時は、心許している瑞佳なら適当に流してくれると思っていた。
 ところが瑞佳が真剣に受けてしまったもんだから、周りの騒ぎに反して俺は戸惑っていた。
 変わらないものが変わる、っていうのは「永遠」だと思っていたものが変わるって事だ。
 まあ……その後は色々あったんだが、話の趣旨に合わないから割愛するとして……俺はちゃんと瑞佳との関係を意識できるようになっていったんだ。

 だが、変化は突然現れた。
 俺は、盟約の事を忘れていた。
 永遠なんてない。
 全ては変わっていくものだとしても、変わらない大切なものがあると解ったときだったんだ。
 女の子は俺を永遠に招待しようとしていた。
 「永遠」の世界の住人になる前に、こっちの世界の住人をやめなければならない。
 俺の周りの人間から、俺の記憶が消えていった。
 叔母さんにも忘れられた。
 怖くなって、瑞佳に会いに行った。
 ……後から誤解だと判ったんだが、あの時…「忘れられているかもしれない」っていう先入観に囚われていた俺にとって、瑞佳の驚いた顔は最悪の状態の証拠だった。
 俺は街を放浪していた。
 俺は、人知れず静かに消えていくのだと思った。

 だけど、瑞佳は忘れないでくれていた。
 それが、とても嬉しかったのを覚えている。
 消えるまで、消えなかった絆があったから、俺は自分を見失わずにその女の子を説得できた。
 永遠を捨てて、こっちの世界に帰ってきた。

 それで……そこからがまた大変な話だった。俺が拒否したせいでその女の子が創った世界が崩れて、こっちの世界にやってきた。
 まあそこまでは良かったんだが……問題は、その女の子すら消えそうになったときだった。
 そこで、俺は女の子と出会った時の事を頑張って思い出そうとした。
 それは……その子は、俺の夢で出会ったことを思い出したんだ。
 本当に信じられないことだけど……その子自体が、俺の作り出したものだったんだ。
 勿論、俺が意識的にやったことじゃない。
 ただ……俺が永遠を求めたこと、それがその子を作り出した。
 ある意味、俺の持ってた超能力みたいなものだ。……欠点といえば、俺が思い通りに動かせない事だな。
 で…消えていくその子にその子である為の絆を作った。
 それが……「瑞菜」っていう名前なんだ。

 それで、今に至る」

「あの……突っ込みたいところ満載なんだけど」
「気にするな、俺が一番気になってる」
「まあ……こっちの話も普通に聞けば眉唾物だし、すんなり聞き入れてくれた理由が解った気がしたけど」

 岡崎と折原の話は、不思議なものだった。

 汐と「もう一つの世界」のこと。
 瑞菜と「えいえん」のこと。

 どちらも、誰かにとって「願いの叶う」場所。

 ……そう、あいつのいた町の様に。

「で、ここまで来たら話すよな?」

 折原がそう話しかける。
 栞は、自分で振ったくせに俺の言葉を待っている。
 一度目を瞑り、気持ちを落ち着かせてから開き、そして言葉を発した。

「俺は、折原の学校に居た後……小さい頃に住んでいた町に来た。一人の、女の子のいる町に」

 そう、切り出した。
 全てがそこから始まったんだ。

 それは、栞じゃなくて……ずっと前から。
 ……栞と会う……七年前から。

「七年前、俺はその町で一人の女の子に会った。
 そう、そいつは急にぶつかってきて、しかも自分で泣いていた。
 ぶつかったから泣いてたんじゃない。
 あいつは、お母さんがいないと言って泣いていた。
 とりあえず、俺はそいつを慰めた。
 次の日から、そいつとばかり遊んだ。
 元々従妹の家に遊びに来ていて、そいつには悪かったが……新鮮な日々だった。
 ある日、クレーンゲームを見つけて、そいつが興味を持ったもんだから意地で景品を手に入れようと躍起になった。
 その従妹から借りるほどやって、結果は人形一つ。
 でも、そいつには『三つだけ、願いがかなえられる人形なんだ』って手渡した。勿論、俺が出来る範囲でな。
 最初に願った事は、自分の事を忘れないでほしいって事だった。
 何故、そいつがそんな事を言ったか解らない。
 多分、いなくなってしまった母親の様にならないでくれ、って事だったんだろう。
 そして、二つ目の願い事は…『一緒に学校に行きたい』だった」

 そこまで話して、一旦俺は目を瞑る。
 風が、気持ちよい程に静かに流れていた。

「……続きは?」
「待て、すぐ話す」

 また、目を開く。
 その時の光景は、思い出した今となっては嫌に鮮明に思い出せた。

「近くの山には、大きな樹が立っていた。見晴らしもよく、俺たちはそこを学校と決めた。
 そいつは樹に登るのが好きだった。女の子なのに、男の子っぽい事が好きみたいだった。
 俺は高所恐怖症だから登らなかったが、気持ち良さそうだった。
 それが、物語の始まりだったんだ。
 そしてそれは、悪かったことでもあるし、良かったことなのかもしれない。
 ただ、そのときから俺は……どちらかを失うことが決まっていたんだ。

 何度目かは覚えていない。
 ある時、そいつは……樹から転落した。
 俺は泣き叫ぶことしか出来なくて……連絡はしたものの、自分ではどうする事も出来なかった。
 そいつのことが、俺は好きだった。
 でも、俺は……その初恋と共に、その頃の記憶を全て失った。

 そして、七年が経った。
 その間一度も来る事は無かった。
 従妹も、前に会った時とはまさに別人だった。
 そんな中、俺はそいつと出会った。
 俺は、全てを忘れていた。
 そいつが好きだった事も。
 そいつに起きた事も。
 俺だけじゃなく、そいつも忘れていたから……気付く事は無かった。

 そいつと一緒にいる時、俺は初めて栞に出会った。
 そして、その内に好きになって、告白したんだ。
 でも、こいつは病を抱えていた。
 そう……クリスマスの頃には、誕生日辺りまで、という余命宣告を受けていた程だった。
 俺が出会った頃には、一月を切っていた。
 俺は嫌だった。
 そんな事で、逃げ出したくなかった。
 だから、どうしようもなく死が訪れるのだとしても……せめてこいつが幸せであるようにと、こいつの姉を説得した。
 栞の姉は、妹が死ぬという事に耐えられず、全てを放棄して『妹はいない』とまで言っていた。
 でも、そんな自分を何より嫌っていたのは、あいつ自身だった。
 偶然もあり、姉を立ち直らせることに成功した。
 俺が出来るのはそこまで。
 あとは……どうしようもないと思っていた。

 ところが、そうじゃなかった。
 栞は助かった。
 ずっと、解らなかった。

 栞が、ある時言った。
 『この世界は、誰かが見ている夢なのかも知れません』
 だから、俺は思った。
 そういえば、三つ目のお願いを聞いていなかったと。

 天使人形の持ち主のそいつは、病院に居た。
 商店街で会ったはずなのに、ただ静かに寝ていた。
 七年経っても相変わらず挨拶する前にぶつかって来た奴は、ただのそっくりさんだったのか。
 ……いや、この世界があいつの見ている夢だからこそ、あいつは商店街で走っていたのだと思った。

 あいつは栞の容態が悪くなる前に、俺の前から姿を消した。
 『遠くに行くことになったんだ』
 『もう、会う事はないと思う』
 そう言っていた。

 栞の話を聞いた後、俺は病院に再び行った。
 そいつの名前は、無かった。

 身寄りがなかったらしい。
 本当に、静かに息を引き取ったらしい。
 元気なあいつが……無機質な病室の中で。

 そんな、奇跡の様な出来事の先に、俺たちはこうして、二人で立っている。
 こうして、幸せな家庭を築いている」


 久々に思い返した日々。
 それは、懐かしさと共に、痛みを思い起こしていた。
 そして、続ける。

「俺は、不思議に思ってる。こうして俺たちが生きている世界は、その女の子や、折原、汐……そんな人たちの、思いで出来てるのかもしれないと」

 この世界の土台。
 もしかしたらそれは、誰かの思いで出来てるのかもしれない。
 俺たちがこうして思い浮かべる、『空想』と呼んでいる世界の様に。

「うーん、そいつやしおちゃんならまだしも、俺は数に入らないと思うぞ」
「でも、ああやって瑞菜がいるじゃない」
「まあ、そうだけど……」

 折原夫婦の会話。
 そう、どんなに小さくても、それぞれがそれぞれの思いをこの世界に関わらせているんだろう。

「よおーっし、親睦の恥ずかし体験告白も済んだ事だし、いっちょ暴れるかぁーっ」

 恥ずかしい……んだろうな。
 秋夫さんは叫びながら日向へ出て、バットを振り回しながら俺たちを呼ぶ。

「さあっ! 俺の剛速球を受けたいやつはいるかぁっ!」
「オッサンがバット持ってちゃ誰も振れないだろっ」
「てめえには渡さねえっ」
「ピッチャーがバット持っててどうするんだよっ」

 和やかなピクニックは、日が暮れるまで続いた。



















SS置き場に戻る    第五話へ

[忍] アクセス制御カウンタ   [PR] 忍者ツールズ  [PR] アンケートで車や海外旅行  [忍] 只今オンライン