青い空に言葉を乗せて・第一話
「名雪、相沢君…どうして学校に来ないの?」
祐一が学校へ姿を見せなくなって三日。香里は、同居人である名雪に理由を訊いた。
「判らないけど…サボってどこかへ行っているみたい」
「サボってるって…おばさんとか何も言わないの?」
「…香里、最近までの祐一と、新学期からの祐一の姿見てたら、何も言えないよ」
事実、二月に入ってからの祐一は、本人は意識していないだろうが、すごい落ち込み様だった。
香里は、この原因について心当たりがある。
「どういう事?」
「二月に入ってから暗く落ち込んでた祐一が…新学期に入ってからすごい元気なんだよ。食事も、普通に食べる様になって…何をやっているのか、訊いても教えてはくれないけど、とても嬉しそうで…」
そう告げた名雪の顔は、逆に元気の無さそうに見えた。
名雪がこうなったのも、祐一が来なくなってからだった。
「名雪…あなたこそ大丈夫?」
「うん…」
会話が途切れる。
香里は、会話を続けづらい変な質問をした、と思った。
「…結局…わたしは何も出来なかったんだね…。祐一の、力になってあげられなかったんだよね…」
名雪の今にも泣きそうな、悔恨と絶望の混ざった声は、香里を動揺させるのに十分だった。
元々、名雪はこんな弱音は吐かない。
「名雪…」
「あの時…栞ちゃんと出会わなかったら、祐一はわたしの事、好きになってくれたかな…?」
「……」
「最近、特によく考えるんだよ…。…ごめんね、こんな話して」
香里は、言葉を返す事が出来なかった。
その後、香里は百花屋でイチゴサンデーをおごった。名雪は嬉しそうな顔をしたが、それは香里を心配させまいとしての事だろう。
「今日はありがとう。今度は、わたしがおごるね〜」
そう言って、香里は名雪と別れた。
「栞…あなた、重罪よ…」
香里は、そう呟くしかなかった。
「奇跡…か。砂漠の中の、一握りの砂…」
この呟きは、香里自身の記憶にも残らなかった。
土曜日。祐一が学校に来なくなって一週間になる。
半日の授業が終わり、香里は帰路に就いた。
「…あれ?」
終日ほぼ無人の公園に、ぽつんと見慣れた人影を見た。
「…相沢君!?」
確かに、祐一だ。
香里は、とりあえず近づいてみた。
「…でな、そうしたら…」
祐一は何やら呟いている。
(……?)
明らかに態度がおかしいので、香里はこっそり近づくことにした。
「…になったんだよ。おかしいだろ?」
(違う、呟いてるんじゃない。誰かと話してる…?)
言葉が、誰か相手に向けられている。
(誰と…? 相沢君携帯も持ってないし…)
「ん、お前もアイス食いたいのか?」
(栞…?)
香里は混乱した。
何とか理解したのは、祐一が気を違えてしまったこと。
「相…」
「…食えなくなったんだったな、ごめんな」
香里は、祐一に声を掛けようとした体勢のまま動けなくなった。
もし気を違えているのなら、祐一は「栞がアイスを食べられない」等とは言わない筈だ。
香里は事の次第がつかめず、その日はそのまま帰るしかなかった。
楽しそうに独りで会話する、祐一に背を向けて…。