青い空に言葉を乗せて・第二話
「…楽しそうだね」
名雪は、そう呟いた。
今日は日曜日。
香里は、名雪に土曜日の事を伝えた。そして、二人は公園へと足を運んできたのだった。
祐一は、やはり何も無い空間へ話題を投げかける。
その姿は、まるでパントマイムをやっているかの様だった。
観客は、二人を見守り続けた、公園の噴水のみ。
春の風が吹き抜ける中…。
霧雨を作り出す噴水のへりで、バニラアイスを食べながら…。
独りで楽しそうに会話を楽しむ。
…こんな光景を、果たして妹は…栞は期待したんだろうか。
この世を去らねばならないという時、栞は、最愛の人の事をどう思ったのだろうか。
…いや、栞がこの場に居るから、相沢君はあんなにも楽しそうにしているのではないか。
本当は居ないけれど、『居る』から相沢君はあんなに楽しそうなのではないか。
「…相沢君!」
気が付くと、私は相沢君に声を掛けていた。
「相沢君!」
不意に呼ばれて、俺は慌てて振り向いた。そこには、よく見知った顔。
「…香里か」
『祐一さん、私の事…』
<解ってる>
俺は隣の栞に小声で呟くと、香里の方を向いた。
「よう」
「相沢君、どうしたの? 学校何日も休んで…」
『やっぱり、学校行った方が良いですね』
栞の声は、どうやら香里には聞こえていないらしい。
「ちょっとな」
「名雪には、風邪だって聞いたわよ? 何でこんな所に居るのよ?」
確かに、俺が休んでいる理由じゃ妥当な線だ。
「…そうか。だがな、気付いている通りそんな理由じゃない。もっと大事な事だ」
『ちょ、ちょっと祐一さん!』
栞は慌てているが、打開策はこれしかないと思う。
「へぇ〜、学校サボって何してるの?」
案の定突っ込んでくる。
「言える訳無いだろ、普通」
「じゃあ、そうやって学校に報告してもいいのね?」
「構わない。学校なんかよりも、大切な用事だからな」
そこまで言うと、流石の香里も言葉を詰まらせた。
『祐一さん…無茶苦茶です…』
栞が泣きそうな事を言っているが、無視する。
「…栞の事?」
一瞬、頭が真っ白になる。
確かに、栞の事を大切に思ったあの時から、大切な事と言えば栞の事しかなかった。
「栞が、一番好きだった場所だから、ここに居るの?」
しめた、真実から逸れた。
「…そうだよ。俺は、栞が死んだ事から…抜け出せないんだ」
…自分で言っていて、奇妙な感覚になる。
栞は、確かにそこに居るのに。
ふと栞の方を向くと、栞も複雑そうな顔でうつむいていた。
「…そっちに何かあるの?」
「あ、いや、何でもない」
失敗した、変な答え方をしてしまった。
「…そう」
その後、「早く立ち直るのよ。栞も、そんなあなたを望んでは居ないだろうから」と言って去っていった。
「祐一さん…」
栞は声を掛けて来たが、続く言葉が思いつかないらしく、その後は無言だった。
「栞」
「…何ですか?」
「…俺も一緒に行こうか?」
「え?」
「お前と一緒なら、行っても構わないぞ」
「それは、いけません。祐一さんは、生きて下さい。折角ある命なんですから…」
栞は、悲しげに、強く言った。
「香里…」
陰に隠れていた名雪は、公園を出た香里に話しかけた。
「…栞、もしかしたら…」
名雪の言葉に気付かず、一声を漏らす。
「え…?」
「え、ああ…何でもないわ」
そう言って、香里ははぐらかした。
「香里…」
懇願する様な目で見る名雪に、香里は観念した。
「もし、この予想が当たってなかったら、教えてあげるわ」
その夜、公園で…栞は独りで昼間の事を思い出していた。
『俺は、栞が死んだ事から…抜け出せないんだ』
『栞も、そんなあなたを望んでは居ないだろうから』
「私は…祐一さんにとって邪魔なのかな…。居てはいけない存在なのかな…。…解ってるけど…もう少し、もう少しだけなら…出来るなら、ずっと、ずっと…」
知らずに、栞の目からは涙が出て来ていた。
死んだ筈なのに。
霊体である筈なのに…。
「…私、多分世界で一番感情豊かな幽霊ですね…」
誰に言うでもない敬語を使い、泣きながら笑う。
「嫌です…。こんな私、嫌いです…」
決して他の人に聞こえる事の無い嗚咽が、公園に響いた。