青い空に言葉を乗せて 第三話
それから、三日。
暖かい日差しを感じる昼下がり、祐一は、また公園に居た。
公園には、祐一と、栞と――後一人。
名雪もまた、公園に来ていた。
あれから、名雪もまた学校を休み、ここに来ていた。
確かに元気になり、以前より話す様にはなったけれど、家では見る事のない、本当に幸せそうな祐一の笑顔。
それを取り戻したのは自分ではない。
以前一度だけ会った、小柄な少女。
親友の妹で、大切な従兄の大切な人。
祐一は、七年前と同じ様に、名雪では立ち直れなかった。
それが何を意味するか、名雪には解っていた。
「…ずっと、わたしは…祐一の特別な人にはなれないんだね?」
気が付くと、名雪は呟いていた。
そんな自分の声に気が付き、ふと時計を見る。
(五時間目が始まった頃かな)
そうとだけ思い、また祐一の方に目を向けた。
祐一はアイスを食べながら、何も無い空間に楽しそうに話しかける。
あれからずっと、寝る間も惜しんで考えていた。
どうしても、祐一が気を違えてこうして会話しているとは思えない。
なぜならその会話が、栞が死んでいるのを理解している節があるからだ。
気を違えたのなら、どうしても生前に関する話しかしない筈だ。
(…もしかしたら?)
名雪は、祐一の元へ静かに歩いていった。
「…名雪?」
わたしが前まで来ると、ずっと話し込んでた祐一も顔を上げてこっちを見た。
「…隣、いいかな?」
「どうして、ここに?」
祐一はかなり驚いてるみたい。
「じゃあ、祐一は?」
「俺は…」
祐一が言葉を濁す。
「…何か、あったの?」
「……」
「わたしは、祐一の力になれると思うよ」
「…悪いけど、これだけは名雪でも言えない」
ここに来て少し迷ったけど、思い切って言った。
「…栞ちゃんだね?」
「ああ、だから栞と思い出の…」
「栞ちゃん、ここに居るんだね?」
「……」
図星の様に、言葉を詰まらせている。
あせっちゃだめ、あせったら祐一、何も話してくれなくなる…。
「何があったのかはわたし知らないよ。だけど、話してくれたっていいでしょ? だってわたし、祐一のこと…」
俺の従妹は、時々とても勘が鋭い。
おそらく母親の秋子さんの血と、親友の香里の影響だろう。
「栞ちゃん、ここにいるんだね?」
『祐一さん…』
栞が不安げに俺に声をかけて来る。
「何があったのかはわたし知らないよ。だけど、話してくれたっていいでしょ?」
『まだ…まだ、駄目なんです…』
「だってわたし、祐一のこと…」
「名雪」
「ん?」
「それは関係ない」
「…そうだったね…。ごめんね、変なこと切り出して…」
名雪の顔は笑いながらも泣きそうだった。
「…名雪」
「…なに?」
「今はまだ、誰にも言えない。お前が嫌いだから、言わないんじゃないぞ」
「…うん」
「いつになるかは判らないが、期が熟せば話す」
「…わかった。約束だよ」
「ああ、約束だ」
「約束破ったら、針千本だよ」
どこまで言わなかったら約束を破った事になるのか、いまいち判らないが。
「ああ」
「今は増量期間中で、千五百本だよ」
「七年以上も増量期間中か。その店も大変だな」
「うん、売れてないから。買ってくれそうなお客さんは、祐一だけだよ」
「ひょっとしなくても、酷い事言ってるな」
「そんな事ないよ〜」
話が進んでいく程、名雪はとても嬉しそうだった。
「…まあ、こうやってひたすら話していても仕方ない。…何か用事があってここに来たのか?」
「祐一に会いに」
「いつも家で顔を会わせてるだろう」
「だって、祐一が一番楽しそうな顔するの、ここなんだよ」
「……」
『……』
「だから、ここに来たの」
…大方、香里が名雪に教えたんだろう。
「…とりあえず、今日の所は帰ってくれないか?」
とにかく、今は時間が欲しかった。
名雪の目の前で栞と会話する訳にもいかない。
「…うん、わかったよ。じゃあ、また今度、来るね」
そう言って、名雪は去って行った。
何だかんだ言っても、名雪は殆ど察しが付いているのだろう。
「…私、もうここには居てはいけないんでしょうか…」
栞がぽつりとつぶやく。
「何でだ?」
「名雪さんやお姉ちゃんに、迷惑をかけてます。それに、元々私はいてはいけないんです」
栞は、辛そうに言葉を出した。
「大丈夫じゃないか? ちゃんと正体を明かせば…」
「そんな事すれば、もっと二人と周りを傷つけます!」
栞は怒鳴った。
余計な心配や親切を受けたくなかったのだろう。
更に、余計な『別れの悲しみ』まで増やす事になる。
「栞…」
「……」
「…どの道、もう二人は傷つけることになると思うぞ」
「…こうなるのは判ってました。だけど、それでも祐一さんと一緒に居たかったんです」
栞がうつむきながら打ち明ける。
「栞、よく聞いてくれ」
「…はい」
「明日から、温泉にでも行こう。秋子さんに、手伝ってもらう」
「え?」
「例えお前が見えない様に頑張ったとしても、多分秋子さんは一瞬で見抜くと思うぞ」
「…何者ですか」
「俺の叔母で普通の主婦だ」
まったくもって当たり前の事を言うと、栞が呟く。
「反則です」
「お前のポケットもな」
「これは四次元じゃありません!」
栞が顔を真っ赤にして抗議する。
「じゃあなんだよ」
「う…」
「数々の薬品と懐中電灯や折り畳み傘まで入るワンピースのポケットが、どこの世界にあると言うんだ?」
「…この世界にですよ」
「そっちの方がよっぽどこの世界の法則に反してると思うぞ」
「うー、そんな事いう人嫌いです」
「嫌いか…」
残念そうな俺の言葉に、絶句する栞。
「う…」
「まあ、いつもの会話は置いておくとして…」
「あっさり置いとかないで下さい!」
「置いといて欲しくないのか?」
「…置いといて下さい…」
「温泉、行こう」
俺が真剣な目で言うと、栞が顔を綻ばせた。
「私は、祐一さんと一緒に居る以外、存在価値は在りませんから。どこへでも、お供します」
俺は、家に帰ると温泉の件を秋子さんに相談した。
すると、あっさり一秒了承が返って来た。どうやら、名雪から聞いていた様だ。
「さて…明日からだな」
そう言えば、ずっと学校には行っていない。
「温泉から帰ってきたら、学校へ行くか。それは栞も気にしてたからな…」
と、呟いて咄嗟に口を手で押さえる。
「…思った事を口に出す癖、直さないとな…」
つくづく、そう思った。